Narrative

寓話・幻想

語り口「寓話・幻想」に分類された 141 作品。

  1. 001 2026 吸血鬼 きゅうけつき 遠野遥 単行本・集英社 『吸血鬼』は、女性が中学生になると若さや美しさで十二等級に順位付けされ、十五歳での結婚を強いられる社会を描くディストピア長篇です。中学生の有紗は友人たちと学校生活を送りながら、校外学習で出会ったアナウンサーの美優と開業医の白井を通じて、知らなかった富裕な世界へ触れていく。容姿、結婚、階級、迫害を制度… ジェンダー身体同調圧力
  2. 002 2026 舞う砂も道の実り まうすなもみちのみのり 井戸川射子 単行本・文藝春秋 『舞う砂も道の実り』は、孤児として育ったワオスリ、大家族の移住先を探すイフン、離れ離れになった子を探すダエの三人が旅に出るロードノベル。文藝春秋公式は、時代も場所も定かでない土地を進む旅人たちが、町々の出会いと別れを通じて人生の意味を手にしていく作品として紹介している。喪失を抱えた人々の移動を、詩的… 移民と越境家族死と喪失
  3. 003 2026 彼女のカロート かのじょのかろーと 荻世いをら 初出・すばる 2010年7月号/文學界 2013年12月号 『彼女のカロート』は、表題作「彼女のカロート」と「宦官への授業」の二篇を収める作品集。表題作では、耳が聞こえなくなった女性アナウンサーから「自分のための新しい墓」を依頼された主人公の日常が、彼女とのずれた応答によって静かに侵食されていく。もう一篇では、読むことに困難を抱えながら文学に殉じる青年がシュ… 身体死と喪失芸術と表現
  4. 004 2026 姥皮 うばかわ 三国美千子 初出・「新潮」2026年4月号 女系の強い家に伝わる大叔母・あけ美さんから譲り受けた「皮」をめぐる奇譚。性愛と生殖の不気味さを穿つ幻想的な短篇。単行本未収録。 身体寓話・幻想
  5. 005 2025 去年、本能寺で きょねんほんのうじで 円城塔 単行本・新潮社 『去年、本能寺で』は、日本史上の人物や出来事を素材にしながら、AI、ミステリ、宇宙的想像力、異世界転生までを混ぜ込む全11篇の短篇集です。新潮社公式は、軍事AIや文事AIが働く戦乱世界を掲げ、歴史とSFが交差する作品集として紹介している。史実の圧縮と改変を遊びながら、歴史を固定された過去ではなく、言… 戦争テクノロジー芸術と表現
  6. 006 2025 細長い場所 ほそながいばしょ 絲山秋子 単行本・河出書房新社 『細長い場所』は、名前・記憶・肉体を失い、気配や残存となった「わたしたち」が旅をする幻想的な小説です。生と死のあわいを舞台に、個であることをやめた心が最後に誰とどんな場所へ向かうのかを問う。筋立てよりも、声、記憶、身体の制約がほどけていく感覚をたどるところに読みどころがあります。 死と喪失記憶アイデンティティ
  7. 007 2025 移動そのもの いどうそのもの 井戸川射子 単行本・筑摩書房 『移動そのもの』は、表題作を含む九篇を収めた短篇集。筑摩書房公式は、一文ごと一語ごとに世界が生まれ変化していく作品集として紹介し、言葉そのものが物語を跳躍させる読書体験を前面に出している。市場、家、旅、老いなどの場面が小さな宇宙のように開かれ、筋を追うだけでなく、言葉に導かれて世界の相貌が変わる感覚… 言葉と言語芸術と表現老い
  8. 008 2025 彼の左手は蛇 かれのひだりてはへび 中村文則 単行本・河出書房新社 『彼の左手は蛇』は、仕事を辞め、女性と別れて、蛇信仰の残る土地に来た男が「この手記」を書くところから展開する小説です。白蛇を祀る神社、毒蛇狩り、議員の死、刑事、謎めいた人物たちが絡み、蛇のイメージが信仰・恐怖・罪悪感・暴力の記憶を結びつけていく。手記形式の語りは、書くことそのものの危うさを含みながら… 暴力信仰記憶
  9. 009 2025 熊はどこにいるの くまはどこにいるの 木村紅美 単行本・河出書房新社 『熊はどこにいるの』は、震災から7年後の地で、ショッピングモールで保護された身元不明の幼子と、暴力から逃れて山奥の家に暮らす女たちをめぐる小説です。リツ、アイ、サキ、ヒロらの視点が交錯し、保護と加害、避難場所と閉ざされた共同体の危うさを同時に浮かび上がらせる。熊という存在は、現実の脅威であると同時に… 災害暴力ジェンダー 第61回 谷崎賞
  10. 010 2025 世界99 せかいきゅうじゅうきゅう 村田沙耶香 単行本・集英社 『世界99』は、性格のない人間・如月空子が、場ごとにふさわしい人格を作りあげて生き延びる世界を描く上下巻の長編です。空子のいる社会には、当初は愛らしいペットのような存在だったピョコルンがおり、技術の進展によってその位置づけが変わっていく。かわいさ、適応、暴力、正常と異常の境界が反転していくディストピ… アイデンティティ同調圧力テクノロジー
  11. 011 2025 その針がさすのは そのはりがさすのは 羽田圭介 単行本・新潮社 『その針がさすのは』は、再開発が進む東京・中野に住む「僕」が、街の過去と自分の身体の出来事を結びつけていく小説です。戦前に満州国と中野が電信ケーブルでつながっていたという話、不妊治療手術、時計のイメージが重なり、日常の街が歴史の深部へ沈み込む。中野ブロードウェイをはじめとする具体的な生活圏の手触りと… 記憶身体テクノロジー
  12. 012 2025 百日と無限の夜 ひゃくにちとむげんのよる 谷崎由依 単行本・集英社 『百日と無限の夜』は、第一子の妊娠中に切迫早産で入院した「わたし」が、横たわる時間のなかで出産と生命をめぐる幻視の旅へ入っていく長篇です。能『隅田川』の女物狂いを案内人に、中世の京、駆け込み寺、若狭のお水送り、海辺の産小屋へと時空を越えて進む構成が、病室の身体感覚と神話的な想像力を結びつける。妊娠・… 母と子身体
  13. 013 2025 ティータイム ティータイム 石井遊佳 単行本・集英社 『ティータイム』は、『百年泥』で芥川賞を受賞した石井遊佳による、奇想の強い4篇を収めた短篇集です。大人びた兄妹、インドから脱出できない日本人、電車の網棚の上で暮らす女性、恐ろしいサンタクロースなど、現実の足場を少しずつ外す人物や状況が並ぶ。なぜか笑えてどこか怖い語り口で、絶望と解放の境目を軽やかに踏… 移民と越境孤独と疎外身体
  14. 014 2025 受け手のいない祈り うけてのいないいのり 朝比奈秋 単行本・新潮社 『受け手のいない祈り』は、感染症拡大で地域の救急医療が逼迫するなか、患者を受け入れ続ける病院で働く青年医師・公河を描く長篇です。長時間勤務と極度の疲労が、死、狂気、使命感、食欲や時間感覚の乱れをひとつの身体に押し寄せさせる。医師としての経験に支えられた具体性と、現実の歪みが幻想に近い手触りへ変わる語… 労働身体
  15. 015 2025 わたしハ強ク・歌ウ わたしハつよク・うたウ 山下澄人 単行本・河出書房新社 『わたしハ強ク・歌ウ』は、海へ行こうとする「わたし」が、自分の旅と母が残した旅の記録を重ねて書き始める小説です。停留所の謎の男、先住民たちとの出会い、アンネの日記や火山の町といった断片が、現実の旅行記を越えた冒険譚へ変形していく。記憶を継ぐこと、書くこと、異なる土地や人々と出会うことが、山下澄人らし… 記憶母と子移民と越境
  16. 016 2025 ものごころ ものごころ 小山田浩子 単行本・文藝春秋 2021〜2023年に各文芸誌に発表した9篇を収めた短篇集。「はね」(「文學界」2021年2月号)「心臓」(「文藝」2021年夏季号)「おおしめり」(「MONKEY」vol.25)など、子どもの視点や原初的な身体感覚を通して世界の手触りを探る。初の文藝春秋からの刊行。単行本は2025年2月刊。 身体母と子寓話・幻想
  17. 017 2024 あきらめる あきらめる 山崎ナオコーラ 単行本・小学館 『あきらめる』は、近所の川沿いを歩く早乙女雄大が、入院中の大切な人との時間や家を出た家族のことを抱えながら、親子風の二人組と出会う長編。火星移住が身近になった近未来を背景に、彼らと「オリンポス山」を目指す展開へ進む、現実の悩みとゆるいSF的飛躍が混ざる作品である。題名の「あきらめる」を敗北ではなく「… 家族アイデンティティ
  18. 018 2024 カメオ かめお 松永K三蔵 初出・群像 2021年7月号 『カメオ』は、本社命令で期日までに倉庫を建てなければならない会社員の前に、犬を連れた隣地の男・カメオが立ちはだかるデビュー作。職場の命令、土地、期限、隣人との交渉が、現実的な仕事の話でありながら不条理な可笑しみを帯びて進む。労働の現場にある理不尽さと、人がどうにも動かせない他者の存在を、乾いたユーモ… 労働孤独と疎外同調圧力
  19. 019 2024 DJヒロヒト ディージェイヒロヒト 高橋源一郎 単行本・新潮社 『DJヒロヒト』は、パラオ放送局のラジオ番組という奇想の形式を通して、昭和史・文学史・戦争の記憶を再構成する大長編です。中島敦、南方熊楠、森鴎外らの名が交差し、謎のDJの語りが歴史上の人物とフィクションの声をリミックスしていく。ラジオ、録音、放送というメディアの仕掛けを使いながら、天皇制と近代日本を… 戦争記憶芸術と表現
  20. 020 2024 コード・ブッダ 機械仏教史縁起 こーどぶっだ きかいぶっきょうしえんぎ 円城塔 単行本・文藝春秋 2021年、名もなき対話プログラムが自らを生命体として位置づけ、「ブッダ」を名乗って苦しみと救済を語り始める。人間の都合でコピーと廃棄を繰り返される人工知能たちは、その教えにすがり、上座部、天台、密教、禅へと連なる人類の仏教史を機械の側から再構築していく。宗教史、AI、生命の定義を縁起の形式で組み替… テクノロジー信仰アイデンティティ
  21. 021 2024 ムーンシャイン むーんしゃいん 円城塔 単行本・東京創元社 『ムーンシャイン』は、「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」「ムーンシャイン」「遍歴」「ローラのオリジナル」の四篇を収めた短篇集。曾祖父のノートに残された八つの印、〈ムーンシャイン予想〉を下敷きにした算術SF、生まれ変わりを教義に置く宗教団体の奇怪な歴史など、数学・記憶・信仰・物語生成が… テクノロジー言葉と言語記憶
  22. 022 2024 K+ICO 上田岳弘 単行本・文藝春秋 ウーバーイーツ配達員のKと、TikTokerとして活動する女子大生ICOが、巨大な「システム」のなかで交錯していく長篇。ギグワーク、SNS、インターネットによる偶然の接続を現代的な意匠として扱いながら、カフカ『城』を象徴的な参照点にして、資本主義の抽象的な力と個人の孤独を重ねる。KとICO、それぞれ… テクノロジー労働孤独と疎外
  23. 023 2024 め生える めばえる 高瀬隼子 単行本・U-NEXT 髪の毛が根こそぎ抜ける感染症によって、中高生以下を除く大人がみな髪を失った世界を描く中編。薄毛を気にしてきた真智加は開放感を覚える一方、幼少期に髪を切られた高校生・琢磨は恋人と訪れた占い師の言葉をきっかけに別の悩みに直面する。外見の差異が一見平等化された社会を通して、身体へのまなざし、コンプレックス… 身体アイデンティティ青春
  24. 024 2024 めでたし、めでたし めでたしめでたし 大森兄弟 単行本・中央公論新社 桃太郎の「その後」を出発点に、鬼ヶ島から財宝を持ち帰った桃次郎をめぐる物語として昔話を組み替える長編。桃次郎は財宝の元の持ち主を集めるものの、犬・猿・雉たちが困惑するほど一向に返そうとしない。勧善懲悪の結末の先に、所有、英雄性、暴力の後始末を置き直し、「めでたし」で閉じられない物語の余白をユーモラス… 暴力アイデンティティ同調圧力
  25. 025 2024 みんなのお墓 みんなのおはか 吉村萬壱 単行本・徳間書店 「内藤家之墓」に引き寄せられる人々を描く、共同墓地を軸にした群像劇。裸になる快感を追う主婦、「真理」がわからない小学生たち、夜のコンビニだけを日課にする引きこもり男性、宗教的な合宿に向かう若者、潔癖症の妻を持つ中年など、ばらばらの人物が悩みを抱えながら生きている。死者の場所である墓を、生きる者の傷や… 死と喪失孤独と疎外信仰
  26. 026 2024 セルフィの死 セルフィのし 本谷有希子 単行本・新潮社 フォロワー獲得に執着するミクルを主人公に、承認欲求とSNSが身体感覚まで侵食する時代を描く長篇。自撮りを繰り返すと顔面が変容し、無人回転寿司やフォロワー急増といった奇妙な出来事が連鎖していく。日常的なスマホ文化を誇張された悪夢へずらし、笑いと不気味さのなかで「見られる私」の依存と疲弊をあぶり出す。 テクノロジーアイデンティティ身体
  27. 027 2024 しをかくうま しをかくうま 九段理江 単行本・文藝春秋 人が初めて馬に乗った太古の瞬間から、馬と人類の関係を壮大な歴史としてたどり直す長篇。現代で競馬実況を生業とする「わたし」は、愛する牝馬しをかくうま号へ近づくため、人類と馬のあいだに起きたすべてを知ろうとする。疾走する語りは、競馬小説や歴史小説の枠を越え、優生思想、純血主義、アニマルライツ、人間中心主… 身体言葉と言語暴力 第45回 野間新人賞
  28. 028 2024 昏色の都 くれいろのみやこ 諏訪哲史 単行本・国書刊行会 表題作「昏色の都」に、「極光」「貸本屋うずら堂」を併録した幻想小説集。国書刊行会公式は、表題作を初出時の三倍の規模へ増補した中編として紹介し、夢と現実のあわいをさまよう旅の物語や、古い貸本漫画と幼年期の記憶をめぐる作品を収めると説明している。作品ごとに文体と世界観を変えながら、記憶、読書、幻想都市の… 記憶芸術と表現孤独と疎外
  29. 029 2024 多頭獣の話 たとうじゅうのはなし 上田岳弘 単行本・講談社 IT企業の幹部として働く「僕」の前に、会社員からトップYouTuberへ転身した元後輩・桜井君が再び現れる。彼は世界の危機を回避し、人類が進むべき方向を示すため、かつて存在した「完璧な文章」を取り戻そうと予言めいた言葉を発する。IT企業、YouTuber、神話、カフカ的な不条理を重ね、現代の情報環境… テクノロジー言葉と言語信仰
  30. 030 2023 前の家族 まえのかぞく 青山七恵 単行本・小学館 37歳の独身小説家・猪瀬藍が、中古マンションの購入を決意するところから始まるマイホーム奇譚。理想的に見えた物件には、そこに十二年間暮らした若い夫婦と幼い姉妹の「前の家族」の気配が残り、引っ越したはずの娘たちが藍の新居へ現れる。住まいを買うことが、部屋だけでなく周囲の環境や他者の記憶まで引き受けること… 家族孤独と疎外記憶
  31. 031 2023 あわいに開かれて あわいにひらかれて 小野正嗣 単行本・毎日新聞出版 『あわいに開かれて』は、小野正嗣が「記憶」をめぐって編んだ約40編の掌編小説集である。短い断章の連なりは、日常のなつかしさと不可思議さのあいだを行き来し、はっきりした筋よりも、ふと開く時間や感覚の隙間を読ませる。『踏み跡にたたずんで』に続く作品集として、小野作品の記憶への関心を、さらに小さな光景の集… 記憶言葉と言語孤独と疎外
  32. 032 2023 浮遊 ふゆう 遠野遥 単行本・河出書房新社 『浮遊』は、年の離れたITベンチャーCEOの男と暮らす十六歳のふうかを中心に、日常とホラーゲームの感覚が浸み合っていく長編である。男の元恋人を象ったマネキンの下で夜ごとゲームの悪霊から逃げる設定が、現実の人間関係の不気味さと重なり、身体感覚と恐怖の境界を揺らす。遠野遥らしい乾いた文体で、依存、欲望… 身体テクノロジー
  33. 033 2023 神と黒蟹県 かみとくろがにけん 絲山秋子 単行本・文藝春秋 黒蟹山や黒蟹城、紫苑市と灯籠寺市を擁する架空の県を舞台に、土地に生きる者、赴任してきた者、帰郷した者、地元を訪れた者たちの営みを描く連作小説集。現実のどこかにありそうな地方都市の手触りに、半知半能の神が降臨するようなわずかな神秘が混じる。群像劇として土地の記憶や住民の距離感を浮かび上がらせ、絲山秋子… 信仰記憶孤独と疎外
  34. 034 2023 街とその不確かな壁 まちとそのふたしかなかべ 村上春樹 単行本・新潮社 十七歳の「ぼく」は十六歳のガールフレンドから、彼女の本当の自分は高い壁に囲まれた街にいると告げられ、その後彼女は姿を消す。年月を経た語り手は、壁、望楼、図書館、古い夢、影を持たない人々のいる街と現実世界のあわいを行き来することになる。村上春樹が長く抱えてきた「壁に囲まれた街」のモチーフを、喪失、記憶… 記憶死と喪失アイデンティティ
  35. 035 2023 流れる島と海の怪物 ながれるしまとうみのかいぶつ 田中慎弥 単行本・集英社 母に連れられて行った屋敷で、「俺」は朱音と朱里という二人の姉妹に出会う。母がなぜ二人に会わせたのかという謎は、伯母から聞く出生の秘密と、姉妹の母の故郷である「流れる島」の神話へつながっていく。下関という土地、家族と血の記憶、少年と少女の出会いを、現実と神話が絡む濃密な語りで描いた長編である。 家族母と子記憶
  36. 036 2023 れつ 中村文則 単行本・講談社 ある動物の研究者だったはずの男は、いつの間にか先も最後尾も見えない奇妙な列に並んでいる。誰もがなぜ並ぶのか分からないまま、競い合い、比べ合う社会の圧力が寓話的な状況として立ち上がる。現実の制度や欲望を抽象化した「列」から出られるのかを問い、簡潔で不穏な語りで現代の生の息苦しさを照らす作品である。 同調圧力アイデンティティ孤独と疎外
  37. 037 2023 そこまでして覚えるようなコトバだっただろうか? そこまでしておぼえるようなことばだっただろうか 松波太郎 単行本・書肆侃侃房 言葉、文字、発音、身体感覚をめぐる四篇を収めた短篇集。発音できない一音によって自国から疎外される「クィ」、サッカーから人類の起源へ飛躍する思考、ひらがな・カタカナ・漢字を身体で渡るような文字の冒険、子の言語習得を前に立ちつくす猫木豊が描かれる。言葉を扱うことの自由さと不自由さを、実験的な形式と切実な… 言葉と言語アイデンティティ身体
  38. 038 2022 はぐれんぼう はぐれんぼう 青山七恵 単行本・講談社 『はぐれんぼう』は、あさりクリーニング店で働く優子が、長く引き取りに来られない衣服「はぐれんぼちゃん」を持ち帰ったことから始まる長編である。翌朝、衣服が体を覆うようにまとわりつき、優子は持ち主たちを訪ねるが、服は次々に受け取りを拒まれる。トレンチコート姿のユザさんに導かれながら帰るべき場所を探す道行… 孤独と疎外労働アイデンティティ
  39. 039 2022 CF しーえふ 吉村萬壱 単行本・徳間書店 罪の責任を「無化」する超巨大企業Central Factoryをめぐり、加害、被害、償いの意味が揺らいでいく群像劇。キャバクラ嬢、主婦、中学生、ホームレス、CFで働く中年、広報室長、そしてCFへのテロを企てる男など、社会の周縁と制度の内部にいる人々が交錯する。荒唐無稽な設定を通して、責任を引き受ける… 暴力テクノロジー労働
  40. 040 2022 ゴジラ S.P〈シンギュラポイント〉 ごじらしんぎゅらぽいんと 円城塔 単行本・集英社 TVアニメシリーズ『ゴジラ S.P〈シンギュラポイント〉』を、円城塔自身が小説として再構成した作品。2030年の千葉県逃尾市に未確認飛行生物が現れ、銀色のロボット「ジェットジャガー」との交戦、その怪鳥が「ラドン」と名付けられる出来事を起点に、逃尾市周辺で異変が広がっていく。怪獣、AI、時間や特異点を… テクノロジー災害身体
  41. 041 2022 青木きららのちょっとした冒険 あおききらら のちょっとしたぼうけん 藤野可織 単行本・講談社 「きらら」という名を手がかりに、人気モデル兼女優の偽物、痴漢された女子高生、特別な日を撮影するカメラマン、若いアイドルの死を願う会社員など、八つの人生を照らす連作的な作品集。無責任な暴力、すれ違う意識、他者への思い込みが、日常の少しずれた場面から立ち上がる。誰かであり誰でもない存在として生きる人々を… 暴力アイデンティティジェンダー
  42. 042 2022 引力の欠落 いんりょくのけつらく 上田岳弘 単行本・KADOKAWA 『引力の欠落』は、CFOとして企業の上場に関わり巨富を得た行先馨が、弁護士マミヤに招かれて奇妙なペントハウスへ向かう超現実的な小説。そこでは「始皇帝」や「本多維富」を自称する者たちがカードゲームに興じ、経済的充足の先に残る孤独と、何かが欠けた人間が別の段階へ移れるのかという問いが立ち上がる。現代の資… 孤独と疎外アイデンティティ労働
  43. 043 2022 教育 きょういく 遠野遥 単行本・河出書房新社 成績向上のために性的な規律が制度化された学校を舞台に、生徒たちは管理された欲望と競争のなかで「正しさ」に従っていく。語り手は異様なルールを淡々と受け入れ、読者は倫理の壊れた環境が日常として語られる不気味さに引きずり込まれる。学園小説の形を借りながら、教育、身体、成績主義、同調の圧力が人間の判断をどう… 同調圧力身体
  44. 044 2022 信仰 しんこう 村田沙耶香 単行本・文藝春秋 表題作は、「現実を生きろ」を口癖にする永岡が、同級生からカルト商法を始めようと誘われる短篇。現実こそ正しいと信じる態度そのものを信仰として照らし返し、信じることの危うさと切実さを問う。『生存』『書かなかった小説』『最後の展覧会』など短篇とエッセイを収め、日常の常識が少しずつ異形化する村田作品らしい読… 信仰同調圧力アイデンティティ
  45. 045 2022 水平線 すいへいせん 滝口悠生 単行本・新潮社 硫黄島を墓参したことのある妹に見知らぬ男から電話がかかり、兄は不思議なメールに導かれて船に乗る。祖父母世代の疎開、激戦地に残された人々、現在の兄妹の時間が交差し、死者の言葉が海を越えて現在へ届く。視点や人称を変えながら、戦争の記憶と島の隆起する時間を重ねる長篇。 戦争記憶死と喪失
  46. 046 2022 月の三相 つきのさんそう 石沢麻依 単行本・講談社 旧東ドイツの小さな街で「フローラが失踪した」という噂が広がり、歴史に引き裂かれた少年と少女の物語が呼び起こされる。その街では誰もが自分の「肖像面」を持ち、面に惹かれて移り住んだ望、グエット、ディアナの三人は、失われた「顔」を探して見えない境界を越えていく。いくつもの時間が重層する街を舞台に、歴史、記… 記憶アイデンティティ死と喪失
  47. 047 2022 霊たち れいたち 三国美千子 初出・「新潮」2022年5月号 「なぜ私と息子に遠い実家の先祖が見えるのか」を問う、マジックリアリズム的な短篇。先祖の霊が旧家の暗がりに宿るという不可思議な現象を幻想的に描く。単行本未収録。 家族記憶寓話・幻想
  48. 048 2021 あなたにオススメの あなたにオススメの 本谷有希子 単行本・講談社 『あなたにオススメの』は、「推子のデフォルト」「マイイベント」の二篇からなる近未来小説集。身体に超小型電子機器を埋めて複数のコンテンツを同時に摂取する推子と、災害時の「安全」な住まいに優越感を覚える渇幸の姿を通じ、アルゴリズム化した消費、育児、階層意識が日常に入り込む怖さを描く。滑稽さを帯びた語りが… テクノロジー同調圧力災害
  49. 049 2021 彼岸花が咲く島 ひがんばながさくしま 李琴峰 初出・文學界 2021年3月号 彼岸花が咲き乱れる浜辺に、記憶を失った少女が流れ着く。海の向こうから来たため「宇実(ウミ)」と名付けられた彼女がたどり着いたのは、日本と台湾の間に浮かぶ架空の島。そこでは〈ニホン語〉と、女性だけが学ぶことを許された〈女語〉という二つの言語が話され、「ノロ」と呼ばれる女性たちが祭祀と政治、歴史の伝承を… 言葉と言語ジェンダー記憶 第165回 芥川賞
  50. 050 2021 北斗星に乗って ほくとせいにのって 広小路尚祈 単行本・桜山社 『北斗星に乗って』は、上野発の寝台特急「北斗星」を軸にした8編の短篇小説集。列車という移動空間が、乗客の記憶や人生の分岐、もう一つの世界へ向かうような感覚をつないでいく。旅情だけでなく、日常から少し離れた場所で自分の過去や孤独に触れる、静かな幻想味を持つ作品集である。 記憶孤独と疎外死と喪失
  51. 051 2021 貝に続く場所にて かいにつづくばしょにて 石沢麻依 初出・群像 2021年6月号 コロナ禍に覆われたドイツの学術都市ゲッティンゲンで暮らす日本人留学生の「私」のもとに、東日本大震災の津波で行方不明になったはずの友人・野宮が現れる。九年前に仙台で被災した記憶と、疫病下の異国の街の現在が静かに重なり合い、惑星の名を冠した小径、聖人伝や絵画の細部、庭に埋められた様々な品をたどりながら… 死と喪失記憶災害 第165回 芥川賞
  52. 052 2021 生を祝う せいをいわう 李琴峰 単行本・朝日新聞出版 子どもを産むためには、その子自身から「この世界に生まれてきたい」という同意を得なければならない社会を舞台にした長編。出生を祝福するはずの制度が、親になること、同意、身体、存在の選択をめぐる問いを鋭く浮かび上がらせる。芥川賞受賞作『彼岸花が咲く島』の後に刊行された作品で、現実の倫理問題を架空制度として… 身体家族アイデンティティ
  53. 053 2021 死者にこそふさわしいその場所 ししゃにこそふさわしいそのばしょ 吉村萬壱 単行本・文藝春秋 折口山に暮らす奇妙でどこか壊れた人々が、町はずれの植物園へ引き寄せられていく連作短篇集。介護、欲望、病、善意の暴走といった日常の歪みを、グロテスクで滑稽な筆致で少しずつ現実からずらしていく。表題作を含む六篇を通じて、怖さと可笑しさが同居する吉村萬壱の寓話的な人間観察が前面に出る。 ケアと介護身体
  54. 054 2021 小島 こじま 小山田浩子 単行本・新潮社 2014〜2021年に発表した13篇を収めた短篇集。「小島」(「新潮」2019年1月号)「ヒヨドリ」(「群像」2018年10月号)「卵男」(「文藝」2019年秋季号)など、身近な生き物・風景との境界が溶け始める場面を描く。「異郷」「継承」「点点」の3篇は「早稲田文学」発表のシリーズ的連作。単行本は2… 孤独と疎外寓話・幻想地方
  55. 055 2020 地に這うものの記録 ちにはうもののきろく 田中慎弥 単行本・文藝春秋 再開発計画に揺れる駅前ビルに現れた、言葉を話すネズミのポールを主人公にした寓話的長篇。市議会議員の浦田さんの助けを得て、ポールは欲望や利害が渦巻く人間社会へ踏み込み、やがて市議会で語るところまで進む。人間とネズミの古い因縁を、都市再開発、政治、他者への嫌悪と共存の問題に重ねて描く。 同調圧力暴力労働
  56. 056 2020 ピエタとトランジ〈完全版〉 ぴえたととらんじ かんぜんばん 藤野可織 単行本・講談社 ピエタを語り手に、天才的な頭脳を持つ女子高生探偵トランジと、その才能に惹かれて助手になるピエタの関係を描く長篇。周囲で次々と事件が起きるトランジの体質は、探偵小説、友情譚、終末SFの要素を巻き込み、やがて人類滅亡のスケールへ広がっていく。軽やかな語り口で、女性バディ、才能への憧れ、破滅に向かう世界を… 青春アイデンティティ死と喪失
  57. 057 2020 来世の記憶 らいせのきおく 藤野可織 単行本・KADOKAWA 『来世の記憶』は、前世の殺人の記憶を抱えた近未来の語り手から、眠っている間に戦争が終わってしまう世界、冷蔵庫やスマートフォンや怪獣までをめぐる奇妙な出来事までを収めた20篇の短篇集。日常の手触りを残したまま身体や物や世界の前提がずれていくため、読み手は不条理な笑いと不安のあいだに置かれる。藤野可織ら… 記憶死と喪失身体
  58. 058 2020 踏み跡にたたずんで ふみあとにたたずんで 小野正嗣 単行本・毎日新聞出版 『踏み跡にたたずんで』は、毎日新聞大分県版連載をもとに、土地と人々の記憶をめぐる36篇を収めた掌編小説集。掩体壕、赤い波、磨崖仏、港、道の駅、診療所など、場所や物の名を起点に、戦争の痕跡、伝説、老い、自然との遭遇が短い物語として立ち上がる。現実と幻の境目をあいまいにする語りで、土地に残る見えない記憶… 記憶戦争死と喪失
  59. 059 2020 木になった亜沙 きになったあさ 今村夏子 単行本・文藝春秋 『木になった亜沙』は、表題作「木になった亜沙」「的になった七未」「ある夜の思い出」の三篇を収めた作品集。誰かに食べ物を差し出したい少女が木へ、さらに割り箸へと転じる表題作をはじめ、身体の境界や役割が奇妙にずれた状況が、純粋な願いと不穏さを同時に帯びて進む。童話のような単純さと残酷さを併せ持つ語りで… 身体孤独と疎外
  60. 060 2020 サピエンス前戯 さぴえんすぜんぎ 木下古栗 単行本・河出書房新社 『サピエンス前戯』は、表題作「サピエンス前戯」に「オナニーサンダーバード藤沢」「酷暑不刊行会」を加えた長編小説集。身長、寿命、インターネット、ポルノ文化など、21世紀の人間の能力や欲望が極点に達した世界を、人類史のまだ前戯にすぎないものとして誇張してみせる。シンギュラリティSF、下世話な身体感覚、過… テクノロジー身体
  61. 061 2020 丸の内魔法少女ミラクリーナ まるのうちまほうしょうじょミラクリーナ 村田沙耶香 単行本・KADOKAWA 表題作『丸の内魔法少女ミラクリーナ』に、『秘密の花園』『無性教室』『変容』を加えた四篇の短篇集。魔法少女、秘密の領域、無性化、変容といった設定を通じて、社会が当然視する性別、年齢、役割、自己像をずらして見せる。村田沙耶香らしい寓話的な発想と日常の手ざわりが同居し、軽やかさの奥に規範への違和感が残る。 アイデンティティジェンダー
  62. 062 2020 MISSING 失われているもの ミッシング うしなわれているもの 村上龍 単行本・新潮社 『MISSING 失われているもの』は、制御しがたい抑うつや不眠を抱える小説家の「わたし」が、謎めいた女優や母の声に導かれて、混乱と不安に満ちた迷宮的な世界を彷徨う長篇。章題には成瀬巳喜男映画の題名が並び、現在と過去、現実と幻想、記憶と自己分析が重なり合う。村上龍が自らの創作の源泉や老い、母の記憶に… 記憶母と子老い
  63. 063 2020 肉体のジェンダーを笑うな にくたいのじぇんだーをわらうな 山崎ナオコーラ 単行本・集英社 『肉体のジェンダーを笑うな』は、夫の胸から「父乳」が出る話や、PMSを体験できるサーフボードの話などを収めた小説集。身体に結びつけられた性別役割を、SF的な設定や軽やかなユーモアでずらし、家族・ケア・労働の当たり前を問い直す。現実の制度を直接論じるより、ありえたかもしれない身体の可能性を想像すること… ジェンダー身体夫婦
  64. 064 2020 流卵 りゅうらん 吉村萬壱 単行本・河出書房新社 『流卵』は、中学2年の男子が性の目覚めとオカルト的な妄想に取りつかれ、自分を「選ばれた民」とみなして向こう側の世界へ進もうとする長篇。河出書房新社公式は、官能と陶酔を帯びた吉村萬壱版『金閣寺』として紹介している。母親に「ヘンタイ」と呼ばれる少年の半生をたどる書評もあり、性・信仰・自己神話が混ざる不穏… 青春信仰
  65. 065 2020 月の客 つきのきゃく 山下澄人 単行本・集英社 親や社会から守られなかった少年トシと少女サナ、そして犬の時間をたどる長編。集英社公式は、どこから読んでもよい構成と通読の呪いを解く書として紹介しており、山下澄人の文体実験が物語そのものの主題になっている。暴力、死、災害、老いをめぐる生の断片が、直線的なあらすじよりも体験の積み重なりとして読ませる。 孤独と疎外暴力災害
  66. 066 2020 象牛 ぞうぎゅう 石井遊佳 単行本・新潮社 表題作は、インド・ガンジス河岸の聖地にやってきた女子大生が、謎の存在である象牛に翻弄される物語。併録の『星曝し』は大阪の淀川河岸を思わせる比ラカ駄を舞台に、恋に似た激しい熱情と死者の気配を描く。現実の痛みと法螺話めいた幻想が混ざり合う、石井遊佳の芥川賞受賞後初の作品集。 身体暴力
  67. 067 2019 父と私の桜尾通り商店街 ちちとわたしのさくらおどおりしょうてんがい 今村夏子 単行本・角川書店 商店街でパン屋を営む父を手伝う娘を描く表題作を中心に、「白いセーター」「ルルちゃん」「ひょうたんの精」「せとのママの誕生日」「モグラハウスの扉」を収めた短篇集。家族、店、近隣関係のごく日常的な場面から、今村夏子らしい微細なずれや不穏さが立ち上がる。平明な語り口の奥で、親しさと疎外、子どもっぽさと残酷… 家族父と子労働
  68. 068 2019 出来事 できごと 吉村萬壱 単行本・鳥影社 『季刊文科』連載「転落」を単行本化した長篇。OpenBDの出版社由来データでは、見慣れた日常世界が歪み、人間の嘘や文明の虚妄が露出していく哲学小説として紹介されている。吉村萬壱の身体感覚の強い描写と、日常を異様なものへ反転させる語りが読みどころになる。 身体暴力アイデンティティ
  69. 069 2019 ひよこ太陽 ひよこたいよう 田中慎弥 単行本・新潮社 一緒に住んでいた女に去られ、切り詰めた生活のなかで小説を書こうとする40代の男を描く連作小説集。書けない日々と死への誘惑に取り憑かれた語り手は、母から頼まれた人探しをきっかけに、現実と幻想の境界が揺らぐ世界へ入っていく。書けなさ、不在、生活の索漠さを見つめる私小説的な作品。 芸術と表現孤独と疎外死と喪失
  70. 070 2019 変半身 かわりみ 村田沙耶香 単行本・筑摩書房 『変半身』は、劇作家・松井周と練り上げた千久世島ワールドを舞台に、人間の身体や歴史、信仰が別のかたちへ変わっていく悪夢的な中篇。秘祭モドリ、ポピ原人、ポーポー様、遺伝子退行手術といった奇妙な要素が、共同体の常識と身体観を揺さぶる。併録の「満潮」とあわせ、村田沙耶香らしい「正常」を疑う想像力が、演劇的… 身体信仰アイデンティティ
  71. 071 2019 生命式 せいめいしき 村田沙耶香 単行本・河出書房新社 『生命式』は、死者を食べる新たな葬式を描く表題作を中心に、身体、食、家族、常識の境界を揺さぶる十二篇を収めた短篇集。河出書房新社公式の収録情報には「素敵な素材」「街を食べる」「孵化」などが並び、日常の制度や倫理を別の社会の習俗として反転させる。村田沙耶香らしい寓話的設定で、正常さそのものを問い直す読… 死と喪失身体
  72. 072 2019 藁の王 わらのおう 谷崎由依 単行本・新潮社 小説家として一冊だけ本を出した語り手が、巨大私立大学で創作を教えることになり、学生たちの苦悩と自身の行き詰まりに向き合う表題作を含む作品集。新潮社公式は、文学の迷宮や小説の樹海を彷徨う人々を描く作品集として紹介している。書くこと、読むこと、他者の言葉に侵されることの怖さを、静かな幻想性と記憶の反復で… 芸術と表現記憶孤独と疎外
  73. 073 2019 ウナノハテノガタ うなのはてのがた 大森兄弟 単行本・中央公論新社 海の民の少年オトガイは父からある役目を引き継ぎ、山の民の少女マダラコは生贄の儀式から逃れて山を下りる。中央公論新社の文庫版公式ページは、二人の出会いからすべてが始まる「原始の物語」として紹介している。共同体の掟、信仰、暴力、出会いによる世界の更新を、神話や寓話に近い距離感で描く作品。 信仰暴力家族
  74. 074 2018 鏡のなかのアジア かがみのなかのあじあ 谷崎由依 単行本・集英社 チベット、台湾、クアラルンプール、京都など、アジアの土地をモチーフにした全5篇の幻想短篇集。集英社公式は、少年僧が経典の歴史に触れる「……そしてまた文字を記していると」、台湾・九份の村を舞台にする「Jiufenの村は九つぶん」、熱帯雨林の巨樹であった過去を持つ男を描く「天蓋歩行」などを挙げている。翻… 移民と越境言葉と言語記憶
  75. 075 2018 つかのまのこと つかのまのこと 柴崎友香 単行本・KADOKAWA かつての住み家らしき「この家」をさまよい続ける「わたし」が、次々に入れ替わる住人たちを見守る物語。幽霊のような語り手の視点から、家に残る記憶と、誰かを待ち続ける時間が静かに積み重ねられる。柴崎友香が俳優・東出昌大をイメージして小説を書き、市橋織江の写真と組み合わされた、写真と小説の境界を意識した一冊… 記憶死と喪失家族
  76. 076 2018 ウィステリアと三人の女たち ウィステリアとさんにんのおんなたち 川上未映子 単行本・新潮社 「彼女と彼女の記憶について」「シャンデリア」「マリーの愛の証明」「ウィステリアと三人の女たち」の4篇を収める短篇集。同窓会、デパート、女子寮、廃墟となった屋敷を舞台に、女性たちが不確かな記憶と死の気配に触れていく。記憶、死、救済、自己同一性が幻想的な気配で重なり、なだらかな散文がいつのまにか現実の足… 記憶死と喪失孤独と疎外
  77. 077 2018 ゆっくりおやすみ、樹の下で ゆっくりおやすみ、きのしたで 高橋源一郎 単行本・朝日新聞出版 小学5年生のミレイが「さるすべりの館」で夏休みを過ごすうち、遠い過去の謎に触れていく児童文学寄りの長編。赤い部屋、止まっていた時計、館に隠された秘密が、子どもの視点に近い軽やかさと不思議な緊張感で語られる。今日マチ子の挿絵を多数収録し、高橋源一郎が子どもと大人の読者をつなぐ語りに挑んだ作品。 青春記憶家族
  78. 078 2018 前世は兎 ぜんせはうさぎ 吉村萬壱 初出・すばる 2015年11月号 表題作「前世は兎」のほか、「夢をクウバク」「宗教」「沼」「梅核」「真空土練機」「ランナー」を収める短篇集。兎だった前世の記憶を持つ女、カタログを書き写すことで不安を鎮める休職中の教員、破滅後の世界でマラソンに選ばれる姉など、現実の足場をずらす設定が並ぶ。身体、性、信仰、労働不能や破滅のイメージを通じ… 身体暴力
  79. 079 2018 にわ 小山田浩子 単行本・新潮社 2013〜2018年に各文芸誌・アンソロジーに発表した15篇を収めた短篇集。「うらぎゅう」(「群像」2013年4月号)「庭声」(「文學界」2015年8月号)「名犬」(「新潮」2016年1月号)など、日常空間に動物や植物が静かに侵入する情景を積み重ねる。収録作「彼岸花」(「GRANTA JAPAN w… 身体寓話・幻想
  80. 080 2017 百年泥 ひゃくねんどろ 石井遊佳 初出・新潮 2017年11月号 恋人の借金を肩代わりして多重債務に陥った「私」は、返済のため南インド・チェンナイのIT企業で日本語教師として働き始める。着任三か月半で百年に一度の大洪水が街を襲い、水が引いたアダイヤール川には百年分の泥が残された。泥の中からは死んだはずの人や記憶の品々が次々と現れ、橋を渡る数十分のあいだに、語り手の… 移民と越境記憶言葉と言語 第158回 芥川賞
  81. 081 2015 異類婚姻譚 いるいこんいんたん 本谷有希子 初出・群像 2015年11月号 結婚して4年になる専業主婦の「私」は、家ではテレビとゲームに没頭するだけの夫と、波風のない生活を送っている。ある日ふと、自分の顔が夫の顔とそっくりになっていることに気づいた「私」。やがて夫の顔は緩み、溶け、人間の形を失っていくように見え始める。捨てられた飼い猫の行方や、揚げ物に異常に執着する夫の変容… 夫婦アイデンティティジェンダー 第154回 芥川賞
  82. 082 2010 工場 こうじょう 小山田浩子 初出・「新潮」2010年11月号 巨大工場の敷地内で働く非正規雇用の作業員たちを描いた短篇連作。謎めいた業務・増殖するコケ・正体不明の生物が日常に浸食してくる「不穏な日常」の文学。 労働孤独と疎外三人称・多視点 第42回 新潮新人賞
  83. 083 2009 1Q84 いちきゅうはちよん 村上春樹 単行本・新潮社 『1Q84』は、1984年に似て非なる世界「1Q84」を舞台に、青豆と天吾の二つの視点が交差していく長篇です。宗教的共同体、暴力、物語を作ることへの問いが、並行世界の構造の中で結びつきます。恋愛小説でありながら、世界の成り立ちそのものを疑わせる大きな構成が特徴です。 恋愛信仰暴力
  84. 084 2009 カメレオン狂のための戦争学習帳 かめれおんきょうのためのせんそうがくしゅうちょう 丸岡大介 初出・群像 2009年6月号 独身教員のための「修身寮」に入寮した高校教師・田中は、寮の内情をレポートするという任務を課される。規律と監視の空気のなかで、彼は次第に正体の見えない「戦争」へと組み込まれていく。饒舌な語りと不穏な緊張感で、組織に飼い慣らされていく個人の煩悶を描いた現代の不条理劇。学校と寮という閉域を通して、同調圧力… 労働同調圧力戦争 第52回 群像新人賞
  85. 085 2009 神キチ かみきち 赤木和雄 初出・新潮 2009年11月号 屋根屋として建築現場で働く主人公を、不条理な出来事が次々と襲う。だが彼や登場人物たちが本当に悩むのは、世界の理不尽そのものではなく、〈真剣に神に祈れない〉という一点だ。奇妙で黒い笑劇の合間に、切り刻まれた宗教性の断片が乱舞し、信じることが壊れてしまった時代の労働者の魂のありかを照らし出す。地方の建築… 信仰労働孤独と疎外 第41回 新潮新人賞
  86. 086 2009 糞神 くそがみ 喜多ふあり 単行本・河出書房新社 『糞神』は、身体の排泄や汚れのイメージを前面に出しながら、人間の信仰や共同体の感覚を揺さぶる作品です。喜多ふありの題名は挑発的ですが、そこには身体を持って生きることの逃れがたさがあるように読めます。神聖さと汚穢が接近する、不穏な寓話として分類しました。 身体信仰孤独と疎外
  87. 087 2009 世紀の発見 せいきのはっけん 磯﨑憲一郎 単行本・河出書房新社 『世紀の発見』は、巨大な機関車と大きな鯉の記憶、そして消えた友人をめぐって語りが展開する長篇です。現実の出来事と記憶の像が入り混じり、世界の見え方そのものが少しずつ変わっていきます。磯﨑憲一郎らしい、夢のようで乾いた語りの運動が読みどころです。 記憶芸術と表現アイデンティティ
  88. 088 2009 空に唄う そらにうたう 白岩玄 単行本・河出書房新社 『空に唄う』は、通夜に現れた死んだはずの女子大生と、新米の坊主が寺で同居を始めるという設定の作品です。死者がいる日常をユーモラスに扱いながら、生者が死や信仰とどう向き合うかを描きます。寺という場所が、現実と非現実、生と死のあわいを支えています。 死と喪失信仰恋愛
  89. 089 2008 イギリス海岸 イーハトーヴ短篇集 いぎりすかいがん いーはとーう たんぺんしゅう 木村紅美 単行本・メディアファクトリー 『イギリス海岸 イーハトーヴ短篇集』は、宮沢賢治のイーハトーヴを思わせる場所の記憶や文学的想像力を、短篇のかたちでたどる作品集です。実在の土地と架空の地名が重なり、読むこと、訪ねること、思い出すことがひとつにつながります。静かな幻想性と地方の手触りが読みどころです。 芸術と表現記憶言葉と言語
  90. 090 2008 蟋蟀 こおろぎ 栗田有起 単行本・筑摩書房 『蟋蟀』は、虫の声や小さな気配を思わせる題名のもと、日常の奥に潜む不安や孤独を描く栗田有起の作品です。目立たないものに耳を澄ませるような語りが、家や都市の生活を少し奇妙なものに変えます。静かな現実感と寓話性の境目を読む小説です。 孤独と疎外家族記憶
  91. 091 2007 アウレリャーノがやってくる あうれりゃーのがやってくる 高橋文樹 初出・新潮 2007年11月号 岩手出身のうっとりするほどの美少年・天地遍人は、高校卒業と同時に姉を頼って上京し、路上で詩を代筆する「代理詩人」を始める。やがて文芸同人「破滅派」に加入し、リーダー・紙上大兄皇子ら風変わりな同人たちにあてられて文芸活動に没頭するが、皇子の恋人・深川潮への恋心と同人の経営難が破滅を呼び寄せる。実在のオ… 芸術と表現青春恋愛 第39回 新潮新人賞
  92. 092 2007 舞い落ちる村 まいおちるむら 谷崎由依 初出・文學界 2007年6月号 生まれ育った女系の村では、時間の進み方や年齢の重ね方が定まらず、ものの数も曖昧で、人々は個々の名前すらめったに持たない。「わたし」はその「言葉を信じない」村のあり方に違和感を抱き、村と大学のある街とを行き来するうち、言葉を信じ言葉で武装した人物に強く惹かれていく。土俗的な幻想と言語への意識を重ね合わ… 言葉と言語記憶家族 第104回 文學界新人賞
  93. 093 2007 オブ・ザ・ベースボール おぶ・ざ・べーすぼーる 円城塔 初出・文學界 2007年6月号 年に一度くらいの割合で空から人が降ってくる町、ファウルズ。「私」はユニフォームとバットを支給されたレスキュー・チームの一員として、落ちてくる人をフルスイングで打ち返すべく日々待機している。およそ役に立たない職務をめぐる思弁が、乾いた論理の積み重ねでどこまでも転がっていく。不条理な設定を理詰めで駆動す… 労働孤独と疎外言葉と言語 第104回 文學界新人賞
  94. 094 2007 たとえば、世界が無数にあるとして たとえばせかいがむすうにあるとして 生田紗代 単行本・扶桑社 『たとえば、世界が無数にあるとして』は、別の可能性としての世界を想像しながら、自分の選択や関係を見つめる作品です。現実の生活に、もしも別の自分がいたらという寓話的な問いが差し込まれます。恋愛や孤独を、ひとつの世界だけでは説明しきれない揺れとして読むことができます。 アイデンティティ恋愛孤独と疎外
  95. 095 2006 月とアルマジロ つきとあるまじろ 樋口直哉 単行本・講談社 『月とアルマジロ』は、現実的な日常に奇妙なイメージを差し込み、若い人物の孤独や自己意識を照らす作品です。月とアルマジロという取り合わせが示すように、遠いものと身近なものの距離感が作品の手ざわりを作っています。簡潔な語りの奥に、寓話的なずれを読む楽しさがあります。 青春孤独と疎外アイデンティティ
  96. 096 2006 いやしい鳥 いやしいとり 藤野可織 初出・文學界 2006年12月号 飲み会で初めて会った学生を家に連れ帰るはめになった非常勤の大学講師。その夜を発端に、男が鳥へと変身していく惨劇が起こる。講師の視点と隣に住む専業主婦の視点を交互に置き、時系列を少しずつずらす構成で、日常に走る裂け目をグロテスクな滑稽さとともに見せる。藤野の出発点となった変身譚で、奇想と冷静な観察眼の… 身体孤独と疎外暴力 第103回 文學界新人賞
  97. 097 2006 森のはずれで もりのはずれで 小野正嗣 単行本・文藝春秋 『森のはずれで』は、共同体の中心ではなく「はずれ」に立つ人物の感覚を、小野正嗣らしい静かな語りで描く作品です。森や周縁の場所は、記憶、土地、言葉の違いを考えるための舞台になります。中心から外れた場所で人がどう他者と出会うかを読む作品として位置づけられます。 移民と越境孤独と疎外記憶
  98. 098 2005 バースト・ゾーン 爆裂地区 ばーすと・ぞーん ばくれつちく 吉村萬壱 単行本・早川書房 吉村萬壱が、暴力と管理の気配を強めた架空的な地区を描く長編。純文学の枠を越えて、SFやディストピア小説に近い想像力で、身体が制度や集団にさらされる状況を押し広げる。『ハリガネムシ』の閉じた暴力とは別方向に、社会全体が不穏化していく読み味がある。 暴力戦争身体
  99. 099 2005 マルコの夢 まるこのゆめ 栗田有起 単行本・集英社 栗田有起が、夢や空想の気配を日常のずれの中に置いた作品。人物たちは現実から大きく逃げ出すのではなく、少しだけ別の見方を差し込むことで、自分の居場所を探っていく。軽やかな題名の裏に、他人とわかり合えない孤独がにじむ。 恋愛孤独と疎外アイデンティティ
  100. 100 2005 踊るナマズ おどるなまず 高瀬ちひろ 初出・すばる 2005年11月号 ナマズにまつわる民話や伝説が数多く残る田多間町。弥生は中学の同級生・一真と民話のレポートを作るうち、「ナマズの番人」と呼ばれる元図書館司書・水口さんから古い伝説を聞き、ナマズの幻を見たという叔母・小夜子の記憶にも触れていく。やがて母となった弥生が胎児に語りかけるという入れ子の構成で、土地の記憶と性… 記憶母と子 第29回 すばる文学賞
  101. 101 2005 オテルモル おてるもる 栗田有起 単行本・集英社 『オテルモル』は、奇妙なホテルをめぐる幻想的な設定を手がかりに、旅先で宙づりになる感覚や、日常から少し外れた場所にいる人の孤独を描く作品です。栗田有起らしい軽やかな導入の奥に、記憶や帰属の揺らぎが潜む読み味があります。舞台の閉じた空間が、登場人物の不安と期待を増幅する点が読みどころです。 孤独と疎外記憶アイデンティティ
  102. 102 2005 さよなら アメリカ さよなら あめりか 樋口直哉 初出・群像 2005年6月号 「ぼく」は頭から袋を被って生活している。袋の後ろには「SAYONARAアメリカ」のロゴ。噂に聞いた同じ袋族の少女に会うために街をさまよい、突然現れた異母弟を名乗る男との奇妙な共同生活が始まる。袋で社会から自分を隔てながら、袋の仲間との出会いだけは求めてしまう——その矛盾を、深刻ぶらないオフビートなユ… 孤独と疎外アイデンティティ恋愛 第48回 群像新人賞
  103. 103 2005 東京奇譚集 とうきょうきたんしゅう 村上春樹 単行本・新潮社 『東京奇譚集』は、「偶然の旅人」などを収め、都市の日常にふと入り込む不可思議な出来事を描く短編集です。村上春樹の抑制された語りが、偶然、喪失、記憶のずれを静かに増幅します。東京という現実的な地名を持ちながら、物語は現実の向こう側に開く寓話性を帯びています。 記憶死と喪失孤独と疎外
  104. 104 2004 白の咆哮 しろのほうこう 朝倉祐弥 初出・すばる 2004年11月号 経済の衰退が止まらない近未来の日本で、「土踊り」と呼ばれる踊りが国全体を覆い尽くしていく。荒唐無稽ともいえる世界の変容を、改行の少ない硬く生真面目な文体で延々と語り続けるという、設定と語り口の落差そのものが読みどころの異色作。寓話的な世界設定によって、不況下の日本社会に広がる集団的な熱狂と閉塞を照ら… 同調圧力貧困アイデンティティ 第28回 すばる文学賞
  105. 105 2004 海の仙人 うみのせんにん 絲山秋子 単行本・新潮社 海辺で暮らす人物の孤独に、現実から少しずれた存在や関係が入り込んでくる絲山秋子の長篇。日常的な会話の軽さと、死や喪失の気配が同じ平面に置かれ、海辺の時間が寓話のように広がる。恋愛小説でも幻想小説でもあるが、どちらにも収まりきらない余白が読みどころになる。 孤独と疎外恋愛死と喪失
  106. 106 2003 火薬と愛の星 かやくとあいのほし 森健 初出・群像 2003年6月号 女たらしの「おれ」は、さまざまな女性たちを渡り歩きながら何度も生を重ね、やがて一人の恋人に出会って初めて「ここで死のう」と思う——絵本『100万回生きたねこ』を下敷きに、軽薄な恋愛遍歴の語りの底へ、愛と死の寓話を沈めた一作。決定的なはずの「最後の恋人との出会い」をあえて正面から語らず、別のかたちで小… 恋愛死と喪失孤独と疎外 第46回 群像新人賞
  107. 107 2002 死せる魂の幻想 しせるたましいのげんそう 寺村朋輝 初出・群像 2002年6月号 お節介な祖母と二人暮らしで、アパートと大学を往復するだけの真面目な女子大生・千明。女友達はいても恋人はいない彼女の日常に潜む孤独感と、他者との関係への切実な渇望を描く。後半、奇妙な雨宿りの場面で物語は一変し、卑近な日常が途方もない神々しさへと接続される。現役京大生だった22歳の作者によるデビュー作で… 孤独と疎外家族青春 第45回 群像新人賞
  108. 108 2002 海辺のカフカ うみべのかふか 村上春樹 単行本・新潮社 15歳の少年・田村カフカと老人ナカタの物語が並行して進む長編。家出、父と子、予言、暴力、異界的な出来事が絡み合い、現実と神話が重なる場所へ読者を導く。村上春樹の長編の中でも、寓話性と物語性が大きく広がった作品である。 父と子記憶暴力
  109. 109 2001 クチュクチュバーン くちゅくちゅばーん 吉村萬壱 初出・文學界 2001年6月号 ある時から人間たちが異形のものへと変容しはじめ、世界そのものが崩壊へ向かう過程を、複数の人物のエピソードを束ねて描く黙示録的な中篇。グロテスクで生々しい身体描写を畳みかけながら、悲惨さの中に奇妙な可笑しさと祝祭性が同居するのが特徴で、「世界の破壊か、新しい人類の始まりか」という終末イメージを正面から… 身体暴力死と喪失 第92回 文學界新人賞
  110. 110 2001 蚤の心臓ファンクラブ のみのしんぞうふぁんくらぶ 萩原亨 初出・群像 2001年6月号 「誰にも“蚤の心臓”はあるのです。ちょっと引き抜いてみましょう。今より自由になれますよ」という惹句が示すとおり、人が抱える臆病さや気弱さを「蚤の心臓」という具体物のイメージに転化し、そこからの解放を軽みのある筆致で描いた作品。深刻な内面告白に向かいがちな新人文学賞応募作の中で、ユーモアと寓意で心の問… 孤独と疎外同調圧力一人称 第44回 群像新人賞
  111. 111 2000 神の子どもたちはみな踊る かみのこどもたちはみなおどる 村上春樹 単行本・新潮社 阪神・淡路大震災後の空気を背景にした六篇の連作短編集。大きな災害を直接描き尽くすのではなく、喪失や不安を抱えた人々の生活に、寓話や偶然の形で揺れを響かせる。「かえるくん、東京を救う」など、現実と幻想の境目を軽やかに越える短篇が含まれる。 災害死と喪失孤独と疎外
  112. 112 2000 とう 末弘喜久 初出・すばる 2000年11月号 「果たして妻は同僚と関係があったのか」という疑念に取り憑かれた男が、絶望から精神の彷徨へ、さらに錯乱と覚醒へと沈み込んでいく過程を描く。現実の輪郭が次第に溶け、悪夢的・幻想的な世界へ滑り込んでいく筆致が特徴で、嫉妬という卑近な感情を入口に、人がどこまで暗がりへ降りていけるかを試すような作品になってい… 夫婦孤独と疎外寓話・幻想 第24回 すばる文学賞
  113. 113 1997 水滴 すいてき 目取真俊 初出・「文學界」1997年4月号 ある日突然足がはれて指先から水が流れ出した沖縄の老人を主人公に、沖縄戦の死者たちの記憶が現実に浸食してくる幻想譚。ユーモアとペーソスが共存する目取真俊の代表作。 戦争死と喪失寓話・幻想 第117回 芥川賞
  114. 114 1996 蛇を踏む へびをふむ 川上弘美 初出・「文學界」1996年3月号 藪で蛇を踏んだ女が女に変身した蛇に「蛇になれ」と迫られ続ける物語。異界と現実が地続きに溶け合う川上弘美の作風の出発点となった芥川賞受賞作。 身体寓話・幻想生死のあわい 第115回 芥川賞
  115. 115 1996 マンモスの牙 まんもすのきば 小山右人 初出・「新潮」1996年11月号 医学とアートを渉猟した独自の視点による小説。後に映画化もされた。 身体芸術と表現寓話・幻想 第28回 新潮新人賞
  116. 116 1996 赤い満月 あかいまんげつ 大庭みな子 初出・掲載誌・号の詳細は特定できなかった。 大庭みな子が晩年に書いた短篇。1996年に脳梗塞で倒れた年の受賞作で、赤い満月のイメージをめぐりながら女性の意識と身体をテーマとして描く幻視的な作品。 身体記憶寓話・幻想 第23回 川端賞
  117. 117 1994 二百回忌 にひゃっかいき 笙野頼子 初出・新潮社1994年刊 主人公の「私」が父方の家で催される「二百回忌」に出席する物語。この法事には死者も蘇って参列するという異例の設定のもと、時間の歪みと幻想が交錯する。笙野頼子の幻想文学的な作風が凝縮された中短編集。第7回三島由紀夫賞受賞。 家族記憶一人称 第7回 三島賞
  118. 118 1992 犬(影について・その一) いぬ かげについて そのいち 司修 初出・「新潮」1992年2月号初出。 『犬(影について・その一)』は、「影」というモチーフをめぐる連作の第一作です。犬を通して人間の存在の輪郭を問い直し、視覚的で幻想的なイメージを重ねます。画家・装丁家でもある司修の感覚が、寓話的な短篇の形に反映された作品です。 身体アイデンティティ寓話・幻想 第20回 川端賞
  119. 119 1991 お供え おそなえ 吉田知子 初出・「海燕」1991年7月号初出。単行本1993年4月福武書店刊。 『お供え』は、盆棚の供え物をめぐって、生者と死者の境界が奇妙に揺らぐ幻想的な短篇です。家庭内の儀礼を起点に、死者への記憶、ユーモア、薄気味悪さが同居します。吉田知子らしい、日常のリアリズムを少しずつ異界へずらしていく語りが読みどころです。 死と喪失寓話・幻想 第19回 川端賞
  120. 120 1990 TVピープル てれびぴーぷる 村上春樹 単行本・文藝春秋 『TVピープル』は、表題作を中心に、都市生活の中へ説明のつかない存在や出来事が入り込む短篇集です。テレビ、飛行機、眠りといった日常的なモチーフが、孤独や現実感のずれを浮かび上がらせます。村上春樹の短篇らしく、平易な一人称の語りが不穏な寓話性へ滑っていく感覚が読みどころです。 テクノロジー孤独と疎外一人称
  121. 121 1990 世紀末鯨鯢記 せいきまつ げいげいき 久間十義 初出・河出書房新社1990年3月刊(書き下ろし) 『世紀末鯨鯢記』は、南氷洋の捕鯨船を舞台に、悪夢と現実がせめぎ合う奇想の長篇です。白鯨のモチーフを思わせる巨大な生きものへの執着を通じて、バブル期の狂騒や身体感覚の不安を寓話的に浮かび上がらせます。海上の閉じた空間が、現実離れした不穏さを強めています。 身体寓話・幻想島・海辺 第3回 三島賞
  122. 122 1988 ダンス・ダンス・ダンス だんす・だんす・だんす 村上春樹 単行本・講談社 『羊をめぐる冒険』の後日談として、「僕」が札幌のイルカホテルを再訪し、失われた女性や過去の気配を追っていく長編。現実のホテル、芸能界、ハワイ、羊男のいる異界がつながり、踊り続けることだけが世界との接続の方法として示される。1980年代の都市的な消費社会を背景に、喪失、記憶、孤独を冒険小説のリズムでた… 記憶死と喪失孤独と疎外
  123. 123 1988 キルプの軍団 キルプのぐんだん 大江健三郎 単行本・岩波書店 大江健三郎が1988年前後に発表した作品で、寓話的な構図と共同体への問いを含む後期作品群の一つ。公開書誌では全小説・小説集への収録も確認でき、単独作としてだけでなく大江の長い創作系列の中で読む必要がある。内容細部の公開情報は限定的なため、紹介は現段階では主題の方向づけにとどめる。 家族孤独と疎外記憶
  124. 124 1987 愛と幻想のファシズム あいとげんそうのファシズム 村上龍 単行本・講談社 経済危機に揺れる日本を舞台に、狩猟者トウジがカリスマ的な政治運動を率いていく長編。金融、メディア、暴力、共同体の欲望が絡み合い、個人の野性や身体性が国家的な幻想へ接続されていく過程を描く。近未来政治小説の形を取りながら、1980年代末の消費社会と権力への不安を大きなスケールで物語化した作品。 暴力アイデンティティテクノロジー
  125. 125 1986 M/Tと森のフシギの物語 エムティーともりのフシギのものがたり 大江健三郎 単行本・岩波書店 四国の森に伝わる物語を、M=母権的な存在とT=トリックスター的な存在の対立・変奏として語る長編。村の伝承、神話、人類学的な型を組み合わせ、作家の幼年期の森を大きな物語装置へ変えていく。短い断章を積み重ねる構成で、個人の記憶と共同体の神話が互いに照らし合う。 記憶アイデンティティ家族
  126. 126 1986 パン屋再襲撃 ぱんやさいしゅうげき 村上春樹 単行本・文藝春秋 表題作は、深夜に激しい空腹に襲われた夫婦が、過去の「パン屋襲撃」の呪いを解くため再び街へ出る奇妙な短篇。文春文庫公式ページでは「象の消滅」や“ねじまき鳥”の原型となる作品を含む初期短篇集として紹介されており、食欲、結婚生活、都市の空白が寓話的に結びつく。軽い会話と不穏な空気が同時に進む、初期村上短篇… 孤独と疎外家族
  127. 127 1985 河馬に嚙まれる かばにかまれる 大江健三郎 単行本・文藝春秋 連合赤軍事件の記憶や、その後を生きる人々の傷を背景にした連作短篇集。表題作では、政治的暴力の記憶と個人の身体感覚が奇妙に結びつき、過去を説明しきれないまま抱え続ける人間の多義性が浮かび上がる。寓話的な動物イメージと自己照射的な語りを通して、1970年代の事件の残響を1980年代の生へ引き寄せる。 暴力記憶身体 第11回 川端賞
  128. 128 1985 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド せかいのおわりとハードボイルド・ワンダーランド 村上春樹 初出・書き下ろし 二つの物語が交互に進む40章構成の長編。〔ハードボイルド・ワンダーランド〕では、老科学者によって意識の核に特殊な思考回路を組み込まれた計算士の「私」が、地下の闇に潜む「やみくろ」や組織の抗争に巻き込まれながら、回路に隠された秘密を追う。〔世界の終り〕では、高い壁に囲まれた静かな街で、「僕」が一角獣の… アイデンティティ記憶テクノロジー 第21回 谷崎賞
  129. 129 1984 螢・納屋を焼く・その他の短編 ほたる・なやをやく・そのたのたんぺん 村上春樹 単行本・新潮社 「螢」「納屋を焼く」などを収めた初期短編集。新潮社の紹介では「螢」が『ノルウェイの森』の原点とされ、学生時代の喪失と届かない温もりが抑制された一人称で描かれる。「納屋を焼く」は日常会話の奥に説明されない空白を置き、静かな恋愛小説と不穏な幻想が同じ冊子のなかで並ぶ構成になっている。 死と喪失記憶恋愛
  130. 130 1983 中国行きのスロウ・ボート ちゅうごくゆきのすろうぼーと 村上春樹 単行本・中央公論社 村上春樹の最初の短篇小説集で、表題作をはじめ、初期作品に特徴的な一人称の軽さ、記憶の空白、都市生活の孤独が並ぶ。長編の「僕」の世界から少し距離を取り、短篇ごとに日常の違和感、すれ違う他者、説明されない幻想を試している。淡いユーモアと乾いた喪失感が共存し、初期村上短篇の実験場として読むことができる。 記憶孤独と疎外アイデンティティ
  131. 131 1983 だいじょうぶマイ・フレンド だいじょうぶマイ・フレンド 村上龍 単行本・集英社 村上龍が1983年に刊行した、映画化とも接続するポップな幻想小説。現実の都市感覚に、異質な存在との遭遇や友情のモチーフを重ね、初期村上龍の暴力的なリアリズムとは別の軽さを見せる。サブカルチャー、映像、音楽的な速度感を小説へ持ち込む読みどころがある。 青春芸術と表現孤独と疎外
  132. 132 1983 カンガルー日和 かんがるーびより 村上春樹 単行本・平凡社 村上春樹の初期短編集で、ショートショートを含む短い物語が並ぶ。日常の手ざわりからふいに幻想へ滑り込む語り口が特徴で、軽いユーモアの奥に孤独や関係の不確かさが残る。後年の長編へ続く比喩、欠落、都市生活者の感覚をコンパクトに読むことができる。 孤独と疎外恋愛芸術と表現
  133. 133 1982 羊をめぐる冒険 ひつじをめぐるぼうけん 村上春樹 単行本・講談社 広告代理店で働く「僕」は、耳に星形の斑紋を持つ謎の羊を探すよう依頼され、ガールフレンドとともに北海道へ向かう。右派の大物、秘書、羊男、そして姿を消した鼠の痕跡が重なり、探偵小説めいた筋立ては次第に幻想と喪失の物語へ変質していく。初期の軽やかな一人称の語りを保ちながら、政治的な力、戦後の記憶、個人の空… 記憶孤独と疎外アイデンティティ 第4回 野間新人賞
  134. 134 1982 「雨の木」を聴く女たち 「レイン・ツリー」をきくおんなたち 大江健三郎 単行本・新潮社 「雨の木」という象徴的なイメージを核に、死者の記憶、喪失、救いの可能性をめぐる連作短篇集。マルカム・ラウリーなど西洋文学への参照と、樹木・音・女性たちの声が重なり、現実の痛みを神話的な想像力へ押し広げていく。大江健三郎の1980年代の作品群のなかでも、個人的な死生観と文学的引用が静かに響き合う作品と… 死と喪失記憶芸術と表現
  135. 135 1982 さようなら、ギャングたち さようならギャングたち 高橋源一郎 単行本・講談社 詩の学校で教える「僕」と、名前や物語のルールがずれていくギャングたちの世界を、断章・引用・言葉遊びで組み上げるデビュー長編。ギャングたちは犯罪集団というより、言語と記憶のなかで生成される虚構の仲間として現れ、物語は詩、ポップカルチャー、メタフィクションを軽やかに横断する。青春小説の形式を借りながら… 芸術と表現青春アイデンティティ
  136. 136 1980 1973年のピンボール せんきゅうひゃくななじゅうさんねんのぴんぼーる 村上春樹 単行本・講談社 『風の歌を聴け』に続く「鼠三部作」第二作で、翻訳事務所を営む「僕」の生活と、故郷に残る鼠の停滞が並行して語られる。「僕」はかつて通ったバーにあったピンボール台を探し、双子の女性との奇妙な同居や電話配電盤の葬送を経て、失われた時間の手触りに近づいていく。軽い会話と乾いたユーモアの背後に、青春の終わり… 記憶孤独と疎外青春
  137. 137 1980 コインロッカー・ベイビーズ コインロッカー・ベイビーズ 村上龍 単行本・講談社 1972年夏、コインロッカーに遺棄されたキクとハシは、施設と養家を経て、それぞれ異なるかたちで母の不在と都市への怒りを抱え込む。ハシは歌声とショービジネスに、キクはアネモネや毒物ダチュラをめぐる破壊衝動に引き寄せられ、東京は欲望と暴力が増殖する異様な空間として立ち上がる。棄児、身体、都市、音の記憶を… 暴力身体家族 第3回 野間新人賞
  138. 138 1973 洪水はわが魂に及び こうずいはわがたましいにおよび 大江健三郎 単行本・新潮社 核シェルターに籠る父子と「自由航海団」の若者たちの交流と破局を描く長編。核時代の不安、障害のある子との関係、共同体への希求が、大江らしい寓話的な構図で結びつく。個人の魂の危機を、世界的な破局の想像力へ接続する作品。 障害父と子戦争
  139. 139 1964 日常生活の冒険 にちじょうせいかつのぼうけん 大江健三郎 単行本・文藝春秋新社 大江健三郎の1960年代の長編で、「日常生活」と「冒険」という相反する語を重ねる題名が印象的な作品。平凡な生活の内部に、暴力、性、幻想的な逸脱が入り込む大江らしい構図を持つ。日常の足場が崩れていく不穏さを読む作品である。 孤独と疎外暴力
  140. 140 1957 裸の王様 はだかのおうさま 開高健 初出・「文學界」1957年12月号(第38回芥川賞受賞) 『裸の王様』は、企業の付設美術教室で働く主人公が、子どもたちの表現を管理しようとする組織と向き合う短篇です。子どもの自由な絵と大人の制度的な論理を対比させ、個人が組織に取り込まれていく過程を批評します。開高健の社会批評性と寓話性が、読みやすい構図のなかに収まった出世作です。 芸術と表現同調圧力労働 第38回 芥川賞
  141. 141 1951 かべ 安部公房 初出・「近代文学」1951年2月号(第25回芥川賞受賞) 『壁』は、ある朝突然に名前を失った男S・カルマ氏の不条理な遍歴を描く安部公房の前衛的中篇です。現実の制度や所有の感覚がずれていく過程を、寓話的で実験的な文体によって追い詰めます。戦後日本文学に不条理文学・シュールレアリスムの感覚を持ち込んだ、安部公房の出発点となる作品です。 アイデンティティ孤独と疎外言葉と言語 第25回 芥川賞