Mood

乾いた

読み味「乾いた」に分類された 159 作品。

  1. 001 2026 彼女のカロート かのじょのかろーと 荻世いをら 初出・すばる 2010年7月号/文學界 2013年12月号 『彼女のカロート』は、表題作「彼女のカロート」と「宦官への授業」の二篇を収める作品集。表題作では、耳が聞こえなくなった女性アナウンサーから「自分のための新しい墓」を依頼された主人公の日常が、彼女とのずれた応答によって静かに侵食されていく。もう一篇では、読むことに困難を抱えながら文学に殉じる青年がシュ… 身体死と喪失芸術と表現
  2. 002 2025 バックミラー バックミラー 羽田圭介 単行本・河出書房新社 『バックミラー』は、落ち目のミュージシャン、極度の無駄嫌いのM&A会社社長、樹木伐採に生活を揺さぶられる女性など、都市でままならなさを抱える人物たちを描く短篇集です。河出書房新社公式は、シニカルな笑いと冷徹な観察力で都会の人生を写す「令和の没落小説」と紹介している。後方を映す題名の通り、成功や合理性… 孤独と疎外労働アイデンティティ
  3. 003 2025 関係のないこと かんけいのないこと 上田岳弘 単行本・新潮社 『関係のないこと』は、パンデミック後の東京で、自分とは切り離してきたはずの出来事や他者の痛みが、ふいに生活へ入り込んでくる瞬間を描く作品集です。表題作では、弁護士として世間と折り合ってきた人物が、見ないようにしてきた「壁」に取り囲まれていく。五篇を通じて、情報や人間関係が過剰に広がる都市生活のなかで… 孤独と疎外労働同調圧力
  4. 004 2024 新しい恋愛 あたらしいれんあい 高瀬隼子 単行本・講談社 『新しい恋愛』は、「花束の夜」「お返し」「新しい恋愛」「あしたの待ち合わせ」「いくつも数える」の五篇を収める恋愛小説集。Books/JPRO掲載の講談社紹介は、ひと筋縄ではいかない五つの恋のかたちを描く作品集としている。恋愛を自明の感情としてではなく、共感、違和感、距離、期待のずれから見直すところに… 恋愛ジェンダーアイデンティティ
  5. 005 2024 カメオ かめお 松永K三蔵 初出・群像 2021年7月号 『カメオ』は、本社命令で期日までに倉庫を建てなければならない会社員の前に、犬を連れた隣地の男・カメオが立ちはだかるデビュー作。職場の命令、土地、期限、隣人との交渉が、現実的な仕事の話でありながら不条理な可笑しみを帯びて進む。労働の現場にある理不尽さと、人がどうにも動かせない他者の存在を、乾いたユーモ… 労働孤独と疎外同調圧力
  6. 006 2024 ある日の、あのタクシー あるひのあのたくしー 広小路尚祈 単行本・桜山社 『ある日の、あのタクシー』は、運転手と乗客の一期一会の出会いを通して町の姿を描く、12編からなるタクシー小説集。車内という短い時間と閉じた空間に、乗る人の生活、職業、孤独、偶然の会話が交差する。タクシー運転手経験を持つ著者の経歴も重なり、労働の現場から都市を見つめる読み味がある。 労働孤独と疎外記憶
  7. 007 2023 浮遊 ふゆう 遠野遥 単行本・河出書房新社 『浮遊』は、年の離れたITベンチャーCEOの男と暮らす十六歳のふうかを中心に、日常とホラーゲームの感覚が浸み合っていく長編である。男の元恋人を象ったマネキンの下で夜ごとゲームの悪霊から逃げる設定が、現実の人間関係の不気味さと重なり、身体感覚と恐怖の境界を揺らす。遠野遥らしい乾いた文体で、依存、欲望… 身体テクノロジー
  8. 008 2023 蝙蝠か燕か こうもりかつばめか 西村賢太 単行本・文藝春秋 2022年2月に急逝した西村賢太の未刊行小説集で、完結作としては最後の表題作を含む三篇を収める。北町貫多が藤澤清造資料の調査や書簡の額装をめぐって動く「廻雪出航」「黄ばんだ手蹟」と、死の前年の貫多を描く「蝙蝠か燕か」によって、師への執着と自分の文学を問い直す。私小説的な分身を通じ、歿後弟子としての覚… 芸術と表現死と喪失記憶
  9. 009 2023 れつ 中村文則 単行本・講談社 ある動物の研究者だったはずの男は、いつの間にか先も最後尾も見えない奇妙な列に並んでいる。誰もがなぜ並ぶのか分からないまま、競い合い、比べ合う社会の圧力が寓話的な状況として立ち上がる。現実の制度や欲望を抽象化した「列」から出られるのかを問い、簡潔で不穏な語りで現代の生の息苦しさを照らす作品である。 同調圧力アイデンティティ孤独と疎外
  10. 010 2023 植物少女 しょくぶつしょうじょ 朝比奈秋 単行本・朝日新聞出版 『植物少女』は、出産時の脳出血で植物状態になった母の病室へ通う美桜の成長を通して、母と娘の関係がどう変わるかを描く長編である。母が「意思のある母」として応答できない状況を、単純な喪失や献身に閉じず、身体、ケア、親子関係の時間として見つめる。現役医師でもある著者の視点が、医療的な状況と家族の感情を乾い… 母と子身体ケアと介護 第36回 三島賞
  11. 011 2023 うるさいこの音の全部 うるさいこのおとのぜんぶ 高瀬隼子 単行本・文藝春秋 ゲームセンターで働く長井朝陽は、「早見有日」のペンネームで書いた小説が文学賞を受賞し出版されてから、職場や友人との関係が少しずつ変化していく。兼業作家であることが知られ、執筆中の小説と現実の境目も揺らぎはじめる。作家デビューの舞台裏を題材にしながら、注目されること、働き続けること、他者の視線に晒され… 芸術と表現労働アイデンティティ
  12. 012 2023 ユーチューバー ユーチューバー 村上龍 単行本・幻冬舎 『ユーチューバー』は、二十代半ばでデビューし七十歳になった作家・矢崎健介が、ユーチューバーに誘われて語り始める連作小説である。矢崎は「自由である人間」について、そして半世紀にわたって出会い、消えていった女性たちについて回想する。YouTubeという現代的な語りの場を借りながら、恋愛、老い、創作の源泉… 老い芸術と表現恋愛
  13. 013 2022 荒地の家族 あれちのかぞく 佐藤厚志 初出・新潮 2022年12月号 宮城県亘理町の植木職人・坂井祐治、四十歳。あの「災厄」の二年後に妻を病で亡くし、再婚した相手も流産の後に家を出て、いまは老いた母と中学生の息子と暮らしている。津波という言葉を正面に掲げず「災厄」「海の膨張」と呼びながら、荒れた海辺の土地で黙々と木に向かう男の日常を描く。職を転々とする旧友や没落してい… 災害死と喪失家族 第168回 芥川賞
  14. 014 2022 CF しーえふ 吉村萬壱 単行本・徳間書店 罪の責任を「無化」する超巨大企業Central Factoryをめぐり、加害、被害、償いの意味が揺らいでいく群像劇。キャバクラ嬢、主婦、中学生、ホームレス、CFで働く中年、広報室長、そしてCFへのテロを企てる男など、社会の周縁と制度の内部にいる人々が交錯する。荒唐無稽な設定を通して、責任を引き受ける… 暴力テクノロジー労働
  15. 015 2022 ゴジラ S.P〈シンギュラポイント〉 ごじらしんぎゅらぽいんと 円城塔 単行本・集英社 TVアニメシリーズ『ゴジラ S.P〈シンギュラポイント〉』を、円城塔自身が小説として再構成した作品。2030年の千葉県逃尾市に未確認飛行生物が現れ、銀色のロボット「ジェットジャガー」との交戦、その怪鳥が「ラドン」と名付けられる出来事を起点に、逃尾市周辺で異変が広がっていく。怪獣、AI、時間や特異点を… テクノロジー災害身体
  16. 016 2022 引力の欠落 いんりょくのけつらく 上田岳弘 単行本・KADOKAWA 『引力の欠落』は、CFOとして企業の上場に関わり巨富を得た行先馨が、弁護士マミヤに招かれて奇妙なペントハウスへ向かう超現実的な小説。そこでは「始皇帝」や「本多維富」を自称する者たちがカードゲームに興じ、経済的充足の先に残る孤独と、何かが欠けた人間が別の段階へ移れるのかという問いが立ち上がる。現代の資… 孤独と疎外アイデンティティ労働
  17. 017 2022 君たちはしかし再び来い きみたちはしかしふたたびこい 山下澄人 単行本・文藝春秋 腹が破裂し死を告げられた「私」は、三度の入院、飼い猫の手術、コロナ禍を経て、痛みによって世界と自己の境界が変わっていくのを経験する。病の記録は歴史や宇宙、カフカ、『白鯨』、ブレイクなどへ跳躍し、私小説的な身体感覚と思想的な連想が重なる。時系列や視点を揺らしながら、病む身体から世界をもう一度呼び寄せる… 身体死と喪失
  18. 018 2022 嫌いなら呼ぶなよ きらいならよぶなよ 綿矢りさ 単行本・河出書房新社 『嫌いなら呼ぶなよ』は、表題作を含む四篇で、有毒に暴走するコミュニケーションと、その遮断を描く短篇集である。妻の親友宅に招かれた「僕」が突然ミニ裁判にかけられる表題作をはじめ、美容整形、YouTuberへの粘着的なコメント、深夜まで続く助言など、現代的なつながりの圧力がブラックユーモアを帯びて展開す… 同調圧力言葉と言語暴力
  19. 019 2022 教育 きょういく 遠野遥 単行本・河出書房新社 成績向上のために性的な規律が制度化された学校を舞台に、生徒たちは管理された欲望と競争のなかで「正しさ」に従っていく。語り手は異様なルールを淡々と受け入れ、読者は倫理の壊れた環境が日常として語られる不気味さに引きずり込まれる。学園小説の形を借りながら、教育、身体、成績主義、同調の圧力が人間の判断をどう… 同調圧力身体
  20. 020 2022 Schoolgirl すくーるがーる 九段理江 単行本・文藝春秋 表題作は太宰治「女生徒」を現代に移し、社会派YouTuberとして活動する14歳の娘と、小説に囚われた母のすれ違いを描く。娘の投稿が「女生徒」へ向かうことで、母娘の断絶は文学の記憶と現在のメディア環境のなかで照らし返される。第126回文學界新人賞受賞作「悪い音楽」も併録し、学校、芸術、言葉への過剰な… 母と子言葉と言語芸術と表現
  21. 021 2022 信仰 しんこう 村田沙耶香 単行本・文藝春秋 表題作は、「現実を生きろ」を口癖にする永岡が、同級生からカルト商法を始めようと誘われる短篇。現実こそ正しいと信じる態度そのものを信仰として照らし返し、信じることの危うさと切実さを問う。『生存』『書かなかった小説』『最後の展覧会』など短篇とエッセイを収め、日常の常識が少しずつ異形化する村田作品らしい読… 信仰同調圧力アイデンティティ
  22. 022 2022 とんこつQ&A とんこつきゅーあんどえー 今村夏子 単行本・講談社 中華料理店「とんこつ」で働く「わたし」は、挨拶を覚えて居場所を得たかに見えるが、新人の「あの女」によって均衡を崩されていく。表題作ほか「嘘の道」「良夫婦」「冷たい大根の煮物」を収録し、普通の可笑しみの奥から人間の取り返しのつかない瞬間が顔を出す。短く平明な語りが、善意や純粋さの怖さをじわじわ見せる作… 労働孤独と疎外同調圧力
  23. 023 2022 雨滴は続く うてきはつづく 西村賢太 単行本・文藝春秋 2004年、北町貫多は同人誌発表作「けがれなき酒のへど」が同人雑誌優秀作に選ばれ、純文学誌に転載されたことで文壇デビューを果たす。藤澤清造の歿後弟子であろうとする執念、純文学誌への執筆、恋情と自尊心の揺れが、貫多らしい苛立ちと滑稽さを伴って進む。完成直前で未完となった遺作長篇であり、作家になる以前の… 芸術と表現恋愛孤独と疎外
  24. 024 2021 あなたにオススメの あなたにオススメの 本谷有希子 単行本・講談社 『あなたにオススメの』は、「推子のデフォルト」「マイイベント」の二篇からなる近未来小説集。身体に超小型電子機器を埋めて複数のコンテンツを同時に摂取する推子と、災害時の「安全」な住まいに優越感を覚える渇幸の姿を通じ、アルゴリズム化した消費、育児、階層意識が日常に入り込む怖さを描く。滑稽さを帯びた語りが… テクノロジー同調圧力災害
  25. 025 2021 オーラの発表会 オーラのはっぴょうかい 綿矢りさ 単行本・集英社 『オーラの発表会』は、大学一年生の海松子が、人を好きになる気持ちや他人の感情をうまく読めないまま、友情と恋愛未満の関係に巻き込まれていく長篇。凧揚げを趣味にし、周囲に脳内であだ名をつける彼女の少しずれた観察が、幼なじみや社会人男性からの接近を通じて揺さぶられる。綿矢りさらしい軽やかな口語感とユーモア… 恋愛孤独と疎外青春
  26. 026 2021 カード師 かーどし 中村文則 単行本・朝日新聞出版 『カード師』は、占いを信じていない占い師であり違法カジノのディーラーでもある「僕」が、ある組織から冷酷な資産家の顧問占い師になるよう命じられる長篇。カード、占い、ギャンブルをめぐる偶然と操作の感覚が、個人では抗いがたい理不尽な力と結びついていく。語りはサスペンスの推進力を持ちながら、不確かな未来を知… 暴力信仰労働
  27. 027 2021 あなたに安全な人 あなたにあんぜんなひと 木村紅美 単行本・河出書房新社 3.11直前の少年の死をめぐる出来事に苛まれる元教師の妙と、沖縄新基地建設反対デモの警備中の事故を抱える便利屋の忍が、「感染者第一号」を誰もが恐れる土地で出会う。二人は人を傷つけ、傷つけられる社会のなかで、孤独で安全な逃亡生活のような関係を築いていく。東日本大震災、沖縄、感染症下の共同体の視線を交差… 孤独と疎外災害同調圧力
  28. 028 2021 滅私 めっし 羽田圭介 単行本・新潮社 必要最低限の物だけで暮らすライターの男が、ミニマリストの同志が集うサイト運営と投資で生計を立てながら、自由でスマートな生活を手に入れている。物だけでなく人間関係にも淡泊だった彼の前に、昔の所業を知る人物が現れ、捨てたはずの過去が生活に影を落とす。所有を減らすことの快楽と、過去や欲望は簡単には消せない… アイデンティティ労働記憶
  29. 029 2021 Phantom ファントム 羽田圭介 単行本・文藝春秋 外資系食料品メーカーで働く元地下アイドルの華美は、生活費を切り詰めて株式投資を続け、給与収入と同じ配当を生む「分身」の構築を目指している。恋人の直幸は、使われない金を軽んじながら、ある人物が率いるオンラインコミュニティにのめり込み、物々交換や集団生活の思想へ傾いていく。投資、オンライン共同体、恋愛の… 労働テクノロジー恋愛
  30. 030 2021 旅のない たびのない 上田岳弘 単行本・講談社 コロナ禍中の日々を映す四篇からなる、上田岳弘初の短篇集。恋人とのホテル、息子との散歩、甥を預かる夏、出張先の車中といった限られた場面を通して、移動が制限された時代の記憶、会話、自己認識を描く。大きな事件よりも、日常の小さな違和感や言葉のずれから世界の変化を浮かび上がらせる作品集。 記憶孤独と疎外家族 第46回 川端賞
  31. 031 2020 fishy フィッシー 金原ひとみ 単行本・朝日新聞出版 三十代の女性三人が、それぞれの恋愛、結婚、仕事、女友だちとの距離を抱えながら、言い切れない本音をにじませていく連作長篇。男に対する屈託や違和感を、単純な対立ではなく、関係性が少しずつ更新される過程として描く。会話と内面の揺れを重ね、友情、欲望、自立の輪郭が変わっていく読み味がある。 恋愛ジェンダー労働
  32. 032 2020 来世の記憶 らいせのきおく 藤野可織 単行本・KADOKAWA 『来世の記憶』は、前世の殺人の記憶を抱えた近未来の語り手から、眠っている間に戦争が終わってしまう世界、冷蔵庫やスマートフォンや怪獣までをめぐる奇妙な出来事までを収めた20篇の短篇集。日常の手触りを残したまま身体や物や世界の前提がずれていくため、読み手は不条理な笑いと不安のあいだに置かれる。藤野可織ら… 記憶死と喪失身体
  33. 033 2020 破局 はきょく 遠野遥 初出・文藝 2020年夏季号 主人公の陽介は、筋トレと公務員試験の勉強に励む大学4年生。母校のラグビー部でコーチも務め、政治家を目指す恋人・麻衣子がいる。やがて新入生の灯に好意を寄せられ、関係を持つようになる。陽介は常に「正しさ」やマナー、他人にどう見られるかを基準に行動するが、その整いすぎた思考と行動のあいだには、どこか空洞が… 恋愛身体 第163回 芥川賞
  34. 034 2020 一人称単数 いちにんしょうたんすう 村上春樹 単行本・文藝春秋 村上春樹の六年ぶりの短篇小説集で、「石のまくらに」から書き下ろしの表題作まで八篇を収める。音楽、野球、過去の記憶、奇妙な遭遇をめぐり、一人称の語りが自分自身の輪郭を少しずつずらしていく。私、僕、あなたという呼び名の揺れを通して、回想と虚構が交錯する村上春樹らしい短篇世界を読むことができる。 記憶芸術と表現アイデンティティ
  35. 035 2020 かきあげ家族 かきあげかぞく 中島たい子 単行本・光文社 コメディ映画監督の中井戸八郎は、老境に差しかかりながらスランプの渦中にいる。長男の失職、長女の離婚、引きこもる次男によって家族が再び一つの家に集まるなか、名監督の遺稿をめぐる騒動が起き、八郎は家族の一人ひとりと向き合わざるをえなくなる。不安を拾い集めてしまう人間の弱さを、家族喜劇の形で描く。 家族老い芸術と表現
  36. 036 2020 完全犯罪の恋 かんぜんはんざいのこい 田中慎弥 単行本・講談社 『完全犯罪の恋』は、芥川賞受賞後も地味な暮らしを送る四十男の小説家「田中」が、新宿で初恋の相手の娘に声をかけられるところから始まる長編。物語は現在の東京と、下関の高校時代に読書を通じて近づいた才女・真木山緑との記憶を往還し、恋の独りよがりと罪悪感を掘り下げる。作家本人を思わせる語り手を置き、私小説的… 恋愛記憶芸術と表現
  37. 037 2020 小鳥、来る ことり、くる 山下澄人 単行本・中央公論新社 『小鳥、来る』は、夏休みの始まり、9歳の「おれ」が父を倒す日を待っているところから始まる長篇。周囲には、勉強のできる友人、万引きを繰り返す兄弟、学年一強い女子、何度も車にはねられる少年、動物園のゴリラがいて、子どもの日常が暴力とユーモアを帯びて浮かぶ。山下澄人らしい口語のリズムと飛躍する視点が、大人… 青春家族暴力
  38. 038 2020 日本蒙昧前史 にほんもうまいぜんし 磯﨑憲一郎 単行本・文藝春秋 大阪万博や日航機墜落事故など、戦後日本の狂騒と蒙昧を彩った出来事の陰にある無数の生を描く長篇。文藝春秋公式は、語り手を自在に換えつつ戦後日本の手触りを蘇らせる作品として紹介している。歴史的事件を単なる背景にせず、語りのリレーによって個人の記憶と時代の空気を重ねるところに読みどころがある。 記憶戦争死と喪失 第56回 谷崎賞
  39. 039 2020 御社のチャラ男 おんしゃのちゃらおとこ 絲山秋子 単行本・講談社 『御社のチャラ男』は、社内で「チャラ男」と呼ばれる三芳部長をめぐり、彼を見つめる周囲の人々の語りから職場の現実を照らし出す長篇。中心人物を直接つかまえるのではなく、多方向から語られる噂や距離感によって、憎らしさと愛おしさが同居する人物像が立ち上がる。会社という共同体の空気、働く人の孤独、他人を語るこ… 労働同調圧力孤独と疎外
  40. 040 2020 うつくしい羽 うつくしいはね 上村渉 初出・すばる 2019年6月号 表題作『うつくしい羽』と『あさぎり』などを収めた、上村渉の初小説集。OpenBDの版元提供情報は、食の記憶が過去を呼び覚ます作品として、離婚で心の支えを失った男と、フランス修業時代に大切な人を失った料理人の軌跡を紹介している。併録作『あさぎり』では、十五歳の少女の一時保護を通して、家族の絆と外国人労… 記憶死と喪失
  41. 041 2019 父と私の桜尾通り商店街 ちちとわたしのさくらおどおりしょうてんがい 今村夏子 単行本・角川書店 商店街でパン屋を営む父を手伝う娘を描く表題作を中心に、「白いセーター」「ルルちゃん」「ひょうたんの精」「せとのママの誕生日」「モグラハウスの扉」を収めた短篇集。家族、店、近隣関係のごく日常的な場面から、今村夏子らしい微細なずれや不穏さが立ち上がる。平明な語り口の奥で、親しさと疎外、子どもっぽさと残酷… 家族父と子労働
  42. 042 2019 出来事 できごと 吉村萬壱 単行本・鳥影社 『季刊文科』連載「転落」を単行本化した長篇。OpenBDの出版社由来データでは、見慣れた日常世界が歪み、人間の嘘や文明の虚妄が露出していく哲学小説として紹介されている。吉村萬壱の身体感覚の強い描写と、日常を異様なものへ反転させる語りが読みどころになる。 身体暴力アイデンティティ
  43. 043 2019 DRY どらい 原田ひ香 単行本・光文社 不倫の末に二人の子を置いて家を出た北沢藍が、十年ぶりに実家へ戻るところから始まる長編。母と祖母の暮らす袋小路の家、そして祖父を一人で介護する幼馴染・馬場美代子の家を通じて、家族、介護、女性の行き場のなさが暗く絡み合う。光文社公式が示す袋小路の家に潜む罪の構図どおり、生活の現実がサスペンスへ変質してい… 家族ケアと介護母と子
  44. 044 2019 瓦礫の死角 がれきのしかく 西村賢太 初出・群像 2018年7月号・2019年2月号・2019年7月号 『瓦礫の死角』は、父の性犯罪によって解体した家族の記憶と、服役を終えようとする「あの人」の影を描く表題作を中心にした短篇集。講談社公式は、十七歳で無職の北町貫多が、刑期を終えようとする父、復讐に怯える母、消息不明の姉を抱えた家族の瓦礫に向き合う物語として紹介している。「病院裏に埋める」と表裏をなす不… 家族暴力貧困
  45. 045 2019 ひよこ太陽 ひよこたいよう 田中慎弥 単行本・新潮社 一緒に住んでいた女に去られ、切り詰めた生活のなかで小説を書こうとする40代の男を描く連作小説集。書けない日々と死への誘惑に取り憑かれた語り手は、母から頼まれた人探しをきっかけに、現実と幻想の境界が揺らぐ世界へ入っていく。書けなさ、不在、生活の索漠さを見つめる私小説的な作品。 芸術と表現孤独と疎外死と喪失
  46. 046 2019 改良 かいりょう 遠野遥 単行本・河出書房新社 女装し、美しくなることに執着する大学生の「私」を描くデビュー作。コールセンターのアルバイト収入を美容やデリヘルに費やす私は、メイクや服装、仕草を研究し、やがて女装した自分を他人に認められたいという欲望を抱く。その望みは、性をめぐる理不尽な暴力と絶望へ向かっていく。 身体ジェンダー 第56回 文藝賞
  47. 047 2019 人間界の諸相 にんげんかいのしょそう 木下古栗 単行本・集英社 連絡が取れなくなった謎めいた女性・菱野時江の消息を、二人の友人がSNSを頼りに追っていくところから始まる作品。集英社公式は「トリッキーなエンタメ風小説」と紹介しており、人物相関や断片的な情報がずれながら、正体をつかもうとする読者の視線そのものを揺さぶる。奇妙なユーモアと不穏さが混ざる、木下古栗らしい… アイデンティティテクノロジー孤独と疎外
  48. 048 2019 キュー キュー 上田岳弘 初出・新潮 2017年10月号より連載 平凡な医師である「僕」が突然拉致され、世界の趨勢をめぐる暗闘の中心に、長年寝たきりだったはずの祖父がいることを知る。新潮社公式は、祖父の秘密が「人類を一つに溶かす」使命に関わるものとして紹介している。戦争、愛、運命、人類の統合という大きな主題を、現代的な技術感覚と哲学的な思考実験の語りで押し広げる作… テクノロジー戦争アイデンティティ
  49. 049 2019 人間 にんげん 又吉直樹 単行本・毎日新聞出版 『人間』は、若い日に創作を志す者たちが集ったシェアハウスの記憶と、38歳になった「僕」の現在を往還する長篇。表現者になりたいという願い、仲間と暮らす時間の高揚、その後に残る成功や挫折の差が、自己像を問い直す物語として重なっていく。又吉直樹の初の長編として、芸術への憧れだけでなく、他者と比べながら生き… 芸術と表現青春記憶
  50. 050 2019 おっぱいマンション改修争議 おっぱいまんしょんかいしゅうそうぎ 原田ひ香 単行本・新潮社 天才建築家が設計した、通称「おっぱいマンション」と呼ばれるヴィンテージマンションを舞台にした長篇。立地もデザインも人気を集める一方で重大な問題が発覚し、建築家の娘、学生運動あがりの元教師、秘密を抱えた住人たちを巻き込む改修争議が起こる。建築という表現物、住まいの記憶、共同体の利害がぶつかる騒動を、軽… 家族老い芸術と表現
  51. 051 2019 ポルシェ太郎 ポルシェたろう 羽田圭介 初出・文藝 掲載(前篇・後篇) 35歳で起業した太郎は、年収に匹敵するポルシェを買う。ところが、その自慢の車で得体の知れないものを運ばされることになり、成功者の見栄と欲望が危うい方向へ走り出す。河出書房新社の紹介は「欲望か、死か」という言葉で作品の緊張を示しており、消費、承認、成功の演出を乾いたユーモアで追う長篇として読める。単な… 労働同調圧力身体
  52. 052 2019 ウナノハテノガタ うなのはてのがた 大森兄弟 単行本・中央公論新社 海の民の少年オトガイは父からある役目を引き継ぎ、山の民の少女マダラコは生贄の儀式から逃れて山を下りる。中央公論新社の文庫版公式ページは、二人の出会いからすべてが始まる「原始の物語」として紹介している。共同体の掟、信仰、暴力、出会いによる世界の更新を、神話や寓話に近い距離感で描く作品。 信仰暴力家族
  53. 053 2018 ブルーハワイ ぶるーはわい 青山七恵 単行本・河出書房新社 『ブルーハワイ』『辰年』『聖ミクラーシュの日』『わかれ道』『山の上の春子』『わたしのおばあちゃん』を収めた短篇集。河出書房新社は、「あたりまえ」を知らない孤独が世界を撃ち抜く作品集として紹介している。日常のなかでそれぞれのことに夢中になる人々を、平明で少し乾いた語りで捉え、家族や記憶、他者との隔たり… 孤独と疎外家族記憶
  54. 054 2018 5時過ぎランチ ごじすぎランチ 羽田圭介 単行本・実業之日本社 「グリーンゾーン」「内なる殺人者」「誰が為の昼食」の三篇からなる、労働と犯罪が絡み合う短篇集。ガソリンスタンドのアルバイト、アレルギーを抱える殺し屋、写真週刊誌の女性記者が、それぞれ過酷な仕事の延長線上でヤクザや警察、国家権力に触れていく。ブラックな職場感覚とクライムノベルの緊張を重ね、仕事にまつわ… 労働暴力貧困
  55. 055 2018 今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇 こんやはひとりぼっちかい? にほんぶんがくせいすいし せんごぶんがくへん 高橋源一郎 単行本・講談社 『日本文学盛衰史』の続編として、戦後文学そのものを小説の素材にする長編。大岡昇平や小林秀雄らを思わせる文学史上の存在が、ロック、パンク、ラップ、ブログ、Twitter、YouTubeまで巻き込みながら、読まれなくなった戦後文学を現在の言葉へ揉みほぐしていく。文学史講義、パロディ、メタフィクションが交… 芸術と表現言葉と言語戦争
  56. 056 2018 ニムロッド ニムロッド 上田岳弘 初出・群像 2018年12月号 IT企業に勤める中本哲史は、社長から仮想通貨ビットコインの採掘(マイニング)事業を任される。彼の周りには、中絶と離婚の傷を抱える外資系勤務の恋人・田久保紀子と、小説家の夢に挫折し「駄目な飛行機コレクション」と題するメールを送ってくる同僚・荷室仁(ニムロッド)がいる。三人の日常に、天に挑んだバベルの塔… テクノロジー労働孤独と疎外 第160回 芥川賞
  57. 057 2018 羅針盤は壊れても らしんばんはこわれても 西村賢太 単行本・講談社 西村賢太の分身的主人公・北町貫多が、二十三歳を迎え、日雇い暮らしのなかで人生の敗北感を濃くしていく小説集。田中英光や藤澤清造の私小説に救いを求める貫多が、自らも私小説を書き始めようとする姿を軸に、貧困、文学への執着、自己嫌悪が泥臭く絡み合う。表題作に加え「陋劣夜曲」などを収め、惨めさと不屈さが同時に… 貧困労働孤独と疎外
  58. 058 2018 その先の道に消える そのさきのみちにきえる 中村文則 単行本・朝日新聞出版 アパートの一室で発見された緊縛師の死体をめぐり、重要参考人の女性と彼女に惹かれる刑事・富樫、別の刑事たちの視線が絡み合う長編ミステリー。謎と嘘を追う捜査の形を取りながら、暴力、欲望、死者の痕跡を通じて、この世界を生きる意味を問い詰めていく。犯罪小説の緊迫感と、中村文則らしい倫理的・実存的な暗さが重な… 暴力死と喪失
  59. 059 2018 たてがみを捨てたライオンたち たてがみをすてたらいおんたち 白岩玄 単行本・集英社 専業主夫を考える30歳の出版社社員・直樹、離婚後の孤独を抱える35歳の広告マン・慎一、アイドルを追う25歳の公務員・幸太郎という三人の男性を並べる長編。仕事の評価、家事・育児、父親像、恋愛や趣味を通じて、「大人の男」らしさやプライドの重さを問い直す。軽く読ませる群像劇の形を取りながら、弱音を吐きにく… ジェンダー労働家族
  60. 060 2018 夜更けの川に落葉は流れて よふけのかわにおちばはながれて 西村賢太 初出・群像 2017年10月号 北町貫多の二十代前半を描く「寿司乞食」「夜更けの川に落葉は流れて」「青痰麺」の三篇を収める作品集。表題作では、無気力で受け身になっていた貫多が梁木野佳穂という女性との関わりによって、わずかに外の世界へ引き戻されていく。貧しさ、職場の失敗、恋愛の痛み、長く尾を引く恨みを、私小説的な乾いた筆致で読ませる… 貧困労働孤独と疎外
  61. 061 2018 前世は兎 ぜんせはうさぎ 吉村萬壱 初出・すばる 2015年11月号 表題作「前世は兎」のほか、「夢をクウバク」「宗教」「沼」「梅核」「真空土練機」「ランナー」を収める短篇集。兎だった前世の記憶を持つ女、カタログを書き写すことで不安を鎮める休職中の教員、破滅後の世界でマラソンに選ばれる姉など、現実の足場をずらす設定が並ぶ。身体、性、信仰、労働不能や破滅のイメージを通じ… 身体暴力
  62. 062 2015 スクラップ・アンド・ビルド スクラップ・アンド・ビルド 羽田圭介 初出・文學界 2015年 無職で資格試験の勉強と転職活動を続ける28歳の健斗は、母と、87歳の祖父との三人暮らし。「早う死にたか」と口癖のように繰り返す祖父に対し、健斗は介護職の友人の助言をひねって解釈し、あえて何もかも世話を焼いて自立の機会を奪う「足し算の介護」によって、祖父の望む穏やかな死を後押ししようと思い立つ。同時に… 家族老いケアと介護 第153回 芥川賞
  63. 063 2010 苦役列車 くえきれっしゃ 西村賢太 初出・新潮 2010年12月号 中卒で家を出た19歳の北町貫多は、東京の埠頭で冷凍倉庫から荷を運び出す日雇い仕事でその日暮らしを続けている。日当はすぐに酒と風俗に消え、家賃は滞納し、人付き合いもない。そんな彼が職場で専門学校生の日下部と知り合い、初めて友人と呼べそうな存在を得るが、劣等感と過剰な自意識がその関係に影を落としていく… 労働貧困孤独と疎外 第144回 芥川賞
  64. 064 2009 あたしはビー玉 あたしはびーだま 山崎ナオコーラ 単行本・幻冬舎 『あたしはビー玉』は、山崎ナオコーラが一人称の感覚を通して、自己像の丸さや転がりやすさを描く作品です。題名の比喩は、主体が固定されず、他者との関係の中で動いてしまうことを示しているように読めます。軽やかな文体の奥に、孤独と自己認識の問題が残ります。 アイデンティティ恋愛孤独と疎外
  65. 065 2009 ブルーシート ぶるーしーと 浅尾大輔 単行本・朝日新聞出版 『ブルーシート』は、デビュー作「家畜の朝」を含む第一創作集として、底辺労働や生活の現場を描く作品です。都市の表面では見えにくい働く身体と貧困の感覚が、青いシートの仮設性と重なります。社会的な題材を、個人の孤独と身体感覚に引き寄せて読むことができます。 労働貧困身体
  66. 066 2009 犬と鴉 いぬとからす 田中慎弥 単行本・講談社 『犬と鴉』は、田中慎弥の硬質な文体で、人間の生の暗さや動物的な感覚を前面に出す作品です。犬と鴉という題名の組み合わせは、従順さと不吉さ、近さと遠さを同時に呼び込みます。閉じた生活の中で、身体と孤独がざらついた手触りで描かれます。 身体孤独と疎外暴力
  67. 067 2009 犬はいつも足元にいて いぬはいつもあしもとにいて 大森兄弟 初出・文藝 2009年冬号 中学生の主人公の日常に、犬が公園の茂みから探り当てた正体不明の「肉」が入り込んでくる。誰も名指せないその物体は、思春期の鬱屈や家族のぎこちなさと響き合いながら、生き物の生々しさと死の気配を物語の中心に居座らせる。登場人物はどこか不快なのに目を離せないという独特の距離感で語られ、生命の循環を思わせる視… 身体死と喪失家族 第46回 文藝賞
  68. 068 2009 JOHNNY TOO BAD 内田裕也 じょにーとぅーばっど うちだゆうや モブ・ノリオ 単行本・文藝春秋 『JOHNNY TOO BAD 内田裕也』は、小説「ゲットーミュージック」と内田裕也のロックン・トークを合わせた書籍として確認できる作品です。モブ・ノリオの小説的な語りと、ロック文化への接近が一冊の中で並置されています。純文学とサブカルチャー、発話とパフォーマンスの境界を見る資料としても読めます。 芸術と表現言葉と言語アイデンティティ
  69. 069 2009 ここに消えない会話がある ここにきえないかいわがある 山崎ナオコーラ 単行本・集英社 『ここに消えない会話がある』は、会話の断片が人間関係の記憶として残ることを描く山崎ナオコーラの作品です。話したことは流れて消えるようでいて、相手との距離や自分の輪郭を決めてしまいます。言葉の軽さと残酷さを、日常の関係から考えさせる小説です。 言葉と言語恋愛アイデンティティ
  70. 070 2009 このあいだ東京でね このあいだとうきょうでね 青木淳悟 単行本・新潮社 『このあいだ東京でね』は、東京という場所で交わされる会話や記憶を、青木淳悟の観察的な文体でたどる作品です。題名のくだけた語りかけは、都市の出来事が誰かへの報告として残る感覚を示します。大きな筋よりも、場所と言葉のズレを読む小説です。 言葉と言語記憶孤独と疎外
  71. 071 2009 東京借景 とうきょうしゃっけい 荻世いをら 初出・文藝 2008年秋号 『東京借景』は、東京という都市を背景ではなく、人物の感情を借りて映す景色として扱う荻世いをらの作品です。既存データでは初出が『文藝』2008年秋号と確認され、都市の移動や視線が中心になる作品として位置づけられます。街の細部を通じて、孤独と生活の断片を読む小説です。 孤独と疎外記憶アイデンティティ
  72. 072 2009 男と点と線 おとこととてんとせん 山崎ナオコーラ 単行本・新潮社 『男と点と線』は、山崎ナオコーラが男という属性や、人と人を結ぶ線の引き方を考える作品です。人物の関係は直線的に結ばれるのではなく、点のように散らばりながら、言葉によって仮につながります。ジェンダーと関係性を、軽い語り口で問い直す一冊です。 ジェンダー恋愛言葉と言語
  73. 073 2009 瘡瘢旅行 そうはんりょこう 西村賢太 単行本・講談社 『瘡瘢旅行』は、藤澤清造の墓参と女性との旅を描く、北町貫多ものの作品集です。私小説的な語りは、文学への執着、貧しさ、対人関係のこじれを隠さずに差し出します。旅の形を取りながら、過去の傷や屈辱を抱え直す作品として読めます。 貧困芸術と表現孤独と疎外
  74. 074 2008 ばかもの ばかもの 絲山秋子 単行本・新潮社 『ばかもの』は、大学生の恋愛の終わりから十年後の再会までをたどり、アルコール依存を抱える男の時間を描く作品です。恋愛の失敗は単なる思い出ではなく、生活の崩れや病と結びついて残ります。絲山秋子の乾いた文体が、不器用な愛情と回復の難しさを抑制して描きます。 恋愛孤独と疎外
  75. 075 2008 廃車 はいしゃ 松波太郎 初出・文學界 2008年12月号 車検切れが迫る壊れかけの車を、主人公は中国人留学生に無償で譲り渡す。ところが期限を過ぎても相手は約束した廃車手続きをせず、それどころか、わけのわからないまま主人公のほうが怨まれていく。日常の小さな親切が言葉も論理も通じない泥沼へ転がり落ちる過程を、乾いたユーモアで描いた不条理劇。応募時の題名「革命」… 移民と越境孤独と疎外言葉と言語 第107回 文學界新人賞
  76. 076 2008 神様のいない日本シリーズ かみさまのいないにほんシリーズ 田中慎弥 単行本・文藝春秋 『神様のいない日本シリーズ』は、「江夏の21球」で知られる1979年の日本シリーズを背景に、父と子の時間を描く中篇です。野球の記憶は、家族の記憶や時代の空気を呼び戻す装置になります。田中慎弥の乾いた語りが、父子関係の近さと断絶を浮かび上がらせます。 父と子記憶芸術と表現
  77. 077 2008 けちゃっぷ けちゃっぷ 喜多ふあり 初出・文藝 2008年冬号 言いたいことを相手に直接言わず、何もかもブログにアップしてしまう──そんなヴァーチャル化した現代のコミュニケーションを、ネットの文体と口語をなだれ込ませた語りで写し取った作品。書き込みと現実のあいだでずれていく自意識を通して、ゼロ年代後半のウェブ社会に生きる若者の孤独と滑稽さを軽やかにすくい上げる… 言葉と言語テクノロジー孤独と疎外 第45回 文藝賞
  78. 078 2008 小銭をかぞえる こぜにをかぞえる 西村賢太 単行本・文藝春秋 『小銭をかぞえる』は、金欠と痴話喧嘩にまみれた同棲生活を、私小説的な露悪と乾いた笑いで描く作品です。小銭を数える行為が、貧しさ、欲望、関係の行き詰まりを象徴します。西村賢太の作品らしく、金と性と屈辱が分かちがたく結びつきます。 貧困恋愛労働
  79. 079 2008 ラジ&ピース らじあんどぴーす 絲山秋子 単行本・講談社 『ラジ&ピース』は、ラジオや言葉の届き方を思わせる題名のもと、人と人がどのように声を受け渡すかを描く作品です。絲山秋子らしい乾いた会話と距離感が、親密さと孤独を同時に浮かび上がらせます。平和やつながりを軽く言い切れないところに、作品の手触りがあります。 言葉と言語労働孤独と疎外
  80. 080 2008 論理と感性は相反しない ろんりとかんせいはあいはんしない 山崎ナオコーラ 単行本・講談社 『論理と感性は相反しない』は、山崎ナオコーラの思考する文体が前面に出る作品集です。題名の通り、感情をただ情緒として扱うのではなく、考えること、名づけること、他人と距離を取ることの問題として描きます。軽い会話の奥に、ジェンダーや関係性への問いが残る作品です。 恋愛ジェンダー言葉と言語
  81. 081 2008 りすん りすん 諏訪哲史 単行本・講談社 『りすん』は、『アサッテの人』以後の諏訪哲史が、聞くこと、話すこと、言葉のずれをさらに押し広げる実験的な作品です。タイトルの響きそのものが、意味に届く前の音や聞き間違いを思わせます。言語への執着と、他者へ届かない感覚が重なった小説として読めます。 言葉と言語アイデンティティ孤独と疎外
  82. 082 2007 青色讃歌 あおいろさんか 丹下健太 初出・文藝 2007年冬号 28歳の高橋は、同棲する彼女の収入で暮らしている。いなくなった猫を探し、気の進まない仕事を探す——その二つの「探しもの」をめぐるだけの日々が、妙な可笑しみとともに流れていく。働かない男のだめさを断罪も美化もせず、脱力したユーモアで肯定してみせる青春小説で、「読ませる、笑わせる、唸らせる」と選考委員の… 労働恋愛青春 第44回 文藝賞
  83. 083 2007 だだだな町、ぐぐぐなおれ だだだなまち、ぐぐぐなおれ 広小路尚祈 初出・群像 2007年6月号 第50回群像新人文学賞優秀作に選ばれたデビュー作。タイトルの擬音めいた口語が示すとおり、ぱっとしない地方の町でくすぶる「おれ」の日々を、脱力した語り口で描く。ホテルマン、タクシー運転手、消費者金融など10以上の職を転々とした作者の経歴がにじむ、働く男の鬱屈とおかしみは、のちに芥川賞候補となる「うちに… 労働孤独と疎外方言・口語
  84. 084 2007 ダーティ・ワーク だーてぃ・わーく 絲山秋子 単行本・集英社 『ダーティ・ワーク』は、仕事や関係のなかで避けられない面倒さを、絲山秋子らしい乾いた文体で描く作品です。労働をきれいごとにせず、そこで生まれる距離、疲労、親密さを淡々と見つめます。人と人の関係を、会話と行動のずれから読ませるところに魅力があります。 労働恋愛孤独と疎外
  85. 085 2007 エロマンガ島の三人 えろまんがじまのさんにん 長嶋有 単行本・エンターブレイン 『エロマンガ島の三人』は、長嶋有の異色作品集として、奇妙な地名や設定から日常の感覚をずらしていく作品です。旅行記や冒険譚のような外見を借りながら、人と場所の距離感をユーモラスに扱います。題名の軽さの奥に、どこにも完全には属せない感覚が残ります。 芸術と表現孤独と疎外移民と越境
  86. 086 2007 いい子は家で いいこはいえで 青木淳悟 単行本・新潮社 『いい子は家で』は、家という閉じた場所と「いい子」であることの圧力をめぐる青木淳悟の作品です。日常の言葉や振る舞いが少しずつずれ、家族や共同体の規範が不穏なものとして見えてきます。実験的な文体が、従順さの裏側にある違和感を浮かび上がらせます。 家族同調圧力孤独と疎外
  87. 087 2007 二度はゆけぬ町の地図 にどはゆけぬまちのちず 西村賢太 単行本・角川書店 『二度はゆけぬ町の地図』は、戻れない場所への執着と、貧しい生活の記憶を私小説的な語りでたどる作品です。西村賢太らしい露悪的な自己凝視が、地図に残る町と、もう行けない過去を重ねます。労働、金銭、孤独が乾いた笑いと屈辱の感覚で結びついています。 貧困記憶孤独と疎外
  88. 088 2007 オブ・ザ・ベースボール おぶ・ざ・べーすぼーる 円城塔 初出・文學界 2007年6月号 年に一度くらいの割合で空から人が降ってくる町、ファウルズ。「私」はユニフォームとバットを支給されたレスキュー・チームの一員として、落ちてくる人をフルスイングで打ち返すべく日々待機している。およそ役に立たない職務をめぐる思弁が、乾いた論理の積み重ねでどこまでも転がっていく。不条理な設定を理詰めで駆動す… 労働孤独と疎外言葉と言語 第104回 文學界新人賞
  89. 089 2007 パワー系181 ぱわーけいいちはちいち 墨谷渉 初出・すばる 2007年11月号 身長181センチ、強靭な肉体を持つ女性リカが開いた個人サロンには、身体測定マニア、張り手を浴びたいマゾヒスト、衣類フェチなど、それぞれ奇妙な性癖を抱えた男たちが通ってくる。彼らが求める「本物のエクスタシー」を、湿った官能ではなく即物的でドライな筆致で記録していく。身体とマゾヒズムという題材を真っ向か… 身体孤独と疎外 第31回 すばる文学賞
  90. 090 2007 図書準備室 としょじゅんびしつ 田中慎弥 単行本・新潮社 『図書準備室』は、高校卒業後にひきこもり続ける男の独白を中心に、閉じた場所と停滞する時間を描く第一作品集です。図書準備室という学校の余白のような場所が、社会へ出られない人物の内面と重なります。田中慎弥の硬質な語りが、青春の後に残った孤独を乾いた感触で示します。 孤独と疎外青春労働
  91. 091 2007 ワンちゃん わんちゃん 楊逸 初出・文學界 2007年12月号 日本に渡って暮らす中国人女性「ワンちゃん」は、中国の女性たちと日本の男たちを引き合わせる見合いツアーの世話役を務めている。国境をまたぐ結婚の斡旋という生々しい現場を通して、経済格差のなかを生きる女たちのたくましさと哀感を、来日20年の作者がよどみのない日本語で描いた。日本語を母語としない書き手が日本… 移民と越境ジェンダー貧困 第105回 文學界新人賞
  92. 092 2006 暗渠の宿 あんきょのやど 西村賢太 単行本・新潮社 『暗渠の宿』は、粗暴で不器用な私小説的主人公・北町貫多の同棲生活と生活感情を描く作品集です。貧困、労働、性的な執着が、露悪的な自己観察と乾いたユーモアのなかで語られます。暗渠という見えない水路の比喩のように、日常の底を流れる屈辱と欲望が読みどころになります。 労働恋愛貧困 第29回 野間新人賞
  93. 093 2006 どうで死ぬ身の一踊り どうでしぬみのひとおどり 西村賢太 単行本・講談社 『どうで死ぬ身の一踊り』は、大正期の私小説家・藤澤清造の「歿後弟子」を自任する男をめぐる、西村賢太初期の作品集です。文学への執着、貧しい生活、対人関係の不器用さが、露悪的でありながら妙に律儀な語りで押し出されます。私小説の系譜を現代に引き寄せる作品として読めます。 芸術と表現労働貧困
  94. 094 2006 エスケイプ/アブセント えすけいぷ/あぶせんと 絲山秋子 単行本・新潮社 『エスケイプ/アブセント』は、逃避と不在という二つの言葉を軸に、関係のなかで空白を抱える人物を描く作品です。絲山秋子らしい簡潔な文体が、説明しすぎないまま感情の距離を保ちます。逃げること、いないこと、忘れられないことが重なり合う静かな読後感があります。 孤独と疎外記憶恋愛
  95. 095 2006 公園 こうえん 荻世いをら 初出・文藝 2006年冬号 世界の縮図のような公園から始まり、下田へ、ニューヨークへ、そしてグラウンド・ゼロへ。大学生の「ぼく」と友人オノサは、これといった目的もなく移動を続ける。「で、」という接続詞による突飛な場面転換を重ね、「なんとなく」の気分が全編に漂う独特の語りで、9.11後の世界をふわふわと浮遊する若者の感覚を写し取… 青春孤独と疎外移民と越境 第43回 文藝賞
  96. 096 2006 無限のしもべ むげんのしもべ 木下古栗 初出・群像 2006年6月号 早く目覚めすぎた休日の朝、稔がマンションから見下ろすと、駐車場に円卓を持ち込んでティーパーティーに興じる4人の男女がいた。そのなかの美人に目をつけた稔は、パーティーに加わりあわよくば濃密な性愛を、という淫靡な考えに取り憑かれ作戦を練り始める。性的妄想の無意味な暴走を生真面目な文体で押し切る、木下古栗… 身体孤独と疎外 第49回 群像新人賞
  97. 097 2005 ニート にーと 絲山秋子 単行本・角川書店 「ニート」という言葉が社会的に広まった時期に、働くことから外れた人物の時間を描く絲山秋子の作品。無職であることを単純な問題や説教にせず、生活の細部、会話、周囲とのずれとして描く。乾いたユーモアの中に、労働規範から外れた人間の居場所のなさが見える。 労働孤独と疎外家族
  98. 098 2005 さりぎわの歩き方 さりぎわのあるきかた 中山智幸 初出・文學界 2005年12月号 29歳の「僕」は、青春の終わりを記念するかのように一泊の合コンに参加する。怪しげな新事業の話、旧友の転落と自殺——若さの賞味期限が切れかかった男たちの周りで起こる出来事を、「こういうのがお望みのドラマなんだろう?」と斜に構えた語りで突き放しながら、それでも去り際の身の処し方を探っていく。まっとうな成… 青春孤独と疎外死と喪失 第101回 文學界新人賞
  99. 099 2004 狐寝入夢虜 きつねねいりゆめのとりこ 十文字実香 初出・群像 2004年6月号 三週間前に職を失った上岡鳥子は、空腹を抱えて神社へ散歩に出かけ、帰り道に迷い、年下の古本屋の倅と茶飲み話をして花札に興じる。働かないこと自体は気にしないが、仕事に存在理由を求める世間様の考え方には反感を覚える——そんな鳥子の「高潔なる怠惰」を、現代の話なのにわざと落語のような古風な語りで聞かせる。語… 労働孤独と疎外ジェンダー 第47回 群像新人賞
  100. 100 2004 野ブタ。をプロデュース のぶた。をぷろでゅーす 白岩玄 初出・文藝 2004年冬季号 クラスの人気者を巧みに「演じる」高校生・桐谷修二は、いじめの標的になっている転校生・小谷信太=野ブタを人気者にプロデュースする計画を始める。教室という市場でキャラクターを売り出すゲームは成功していくが、演じることでしか居場所を作れない修二自身の空虚が次第に露わになる。スクールカーストと自己演出の時代… 青春同調圧力アイデンティティ 第41回 文藝賞
  101. 101 2004 サージウスの死神 さーじうすのしにがみ 佐藤憲胤 初出・群像 2004年6月号 徹夜明けの帰り道、ビルから飛び降りてきた男と目が合い、その死を目撃した主人公は、同僚に誘われた地下カジノ「freeze」でルーレットにのめり込む。預金を失い借金を重ねるうち、「頭の中に数字を飼っている」という感覚が芽生え、精神の破滅と引き換えに当たりの数字が見えるようになっていく。賭博と死の観念を硬… 死と喪失孤独と疎外身体
  102. 102 2004 真空が流れる しんくうがながれる 佐藤弘 初出・新潮 2004年11月号 図書印刷株式会社に勤める23歳の会社員だった佐藤弘のデビュー作で、第36回新潮新人賞(小説部門)受賞作。同年の評論部門は該当作なしで、本作が単独の受賞となった。単行本には収録されておらず、初出の『新潮』2004年11月号でしか読めないため、今日では参照の難しい「幻の受賞作」となっている。著者はその後… 労働孤独と疎外簡潔な文体 第36回 新潮新人賞
  103. 103 2003 ダンボールボートで海岸 だんぼーるぼーとでかいがん 千頭ひなた 初出・すばる 2003年11月号 自分を「ボク」と呼ぶ女性アオイ(あだ名はドラ)は、母が借金を残して突然失踪したため大学を休学する。女装が趣味のクロ、自称アーティストのハナら、周縁を漂う人々と関わりながら、ドラはダンボール製のボートで海=外の世界へ漕ぎ出すことを夢想する。濡れればすぐ沈む紙のボートというイメージに、前にも後ろにも進め… 母と子貧困青春 第27回 すばる文学賞
  104. 104 2003 イッツ・オンリー・トーク いっつ・おんりー・とーく 絲山秋子 初出・文學界 2003年6月号 躁鬱病を抱えた30代半ばの独身女性「私」は、東京の場末めいた蒲田の町に引っ越してくる。EDの痴漢、鬱病のヤクザ、出世コースを外れた従兄——彼女の周りに集まるのは、どこか欠けた男たちばかり。誰とも深く結ばれないまま交わされる「ただのおしゃべり」を通して、病とともに生きる日常を、自己憐憫ゼロの乾いたユー… 孤独と疎外 第96回 文學界新人賞
  105. 105 2003 極東アングラ正伝 きょくとうあんぐらせいでん 佐川光晴 単行本・双葉社 佐川光晴が、都市の周縁や表舞台の外側にある生の感覚へ目を向けた2003年の作品。題名が示す「アングラ」は、文化や労働や生活が公的な語りからこぼれ落ちる場所を思わせる。デビュー期から一貫する、きれいごとでは済まない生活への視線をたどる一冊として位置づけられる。 労働芸術と表現孤独と疎外
  106. 106 2003 オアシス おあしす 生田紗代 初出・文藝 2003年冬季号 愛用の青い自転車を盗まれたフリーターの「私」は、呆然としたままそれを探す日々を送る。家には家事を放棄してしまった母と、その母に「パラサイト」されているOLの姉・サキ。女三人の奇妙な家族の均衡が、自転車の喪失を起点に少しずつあらわになっていく。母を疎みながら捨てられない娘たちの姿は「現代の新種の姥捨て… 家族母と子青春 第40回 文藝賞
  107. 107 2002 ジャイロ! じゃいろ 早川大介 初出・群像 2002年6月号 「僕」と友人・猟平が繰り返す「危険なキャッチボール」が、ついに猟平の家を全焼させてしまう——少年たちの遊びと暴力が地続きになった世界を、熱を孕んだ文体で一気に語る。選考では、世界へのルサンチマン(鬱屈した恨み)を呪詛のような語りで繋ぎ留めた「現代の悪童日記」と評された。受賞の翌年まで『群像』に短篇を… 青春暴力孤独と疎外 第45回 群像新人賞
  108. 108 2002 わたしの好きなハンバーガー わたしのすきなはんばーがー 北岡耕二 初出・文學界 2002年6月号 広告会社を定年まで勤め上げた67歳の新人が、蒔岡雪子「飴玉が三つ」と同時に第94回文學界新人賞を射止めた作品。新人賞の受賞者が軒並み若返っていく2000年代初頭にあって、企業社会を生き切った世代の書き手の登場は異彩を放った。選考委員は浅田彰・奥泉光・島田雅彦・辻原登・山田詠美。単行本化されておらず… 老い孤独と疎外 第94回 文學界新人賞
  109. 109 2002 よしわら よしわら 鈴木弘樹 単行本・新潮社 新潮新人賞受賞作「グラウンド」を、単行本化に際して『よしわら』と改題した中篇。風俗雑誌編集などの職歴を持つ作者の経歴とも重なり、労働、都市の周縁、学歴や階層から外れた人物の感覚を描く。新人賞受賞作が芥川賞候補にもなった、2000年代初頭の新潮新人賞系譜の一作。 労働孤独と疎外アイデンティティ 第33回 新潮新人賞
  110. 110 2001 グラウンド ぐらうんど 鈴木弘樹 初出・新潮 2001年11月号 第33回新潮新人賞の受賞作で、『新潮』2001年11月号に掲載された。作者の鈴木弘樹は中学卒業後に風俗雑誌の編集をはじめ様々な職を渡り歩いた経歴の持ち主で、学歴エリートではない叩き上げの書き手の登場として注目された。発表直後に第126回芥川賞候補となり、同回で芥川賞を受賞した長嶋有「猛スピードで母は… 労働孤独と疎外一人称 第33回 新潮新人賞
  111. 111 2001 ジャムの空壜 じゃむのあきびん 佐川光晴 単行本・新潮社 屠畜の現場を舞台にした短篇集で、労働、身体、動物の死を生活の近くから描く。清潔な消費の背後にある仕事を見つめることで、社会の見えにくい暴力と人間の尊厳を浮かび上がらせる。佐川光晴の労働への視線がよく表れる作品。 労働身体暴力
  112. 112 2001 サイドカーに犬 さいどかーにいぬ 長嶋有 初出・文學界 2001年6月号 小学四年生の夏、母が家出した薫の家に、父の知り合いである洋子さんが入り込んでくる。自転車を教えてくれ、缶コーヒーを飲み、堂々と振る舞う洋子さんと過ごしたひと夏を、大人になった薫が淡々と回想する。家庭の危機という湿りがちな題材を、軽やかでユーモラスな距離感と即物的なディテールで描き、深刻にならないのに… 家族記憶青春 第92回 文學界新人賞
  113. 113 2000 メイドインジャパン めいどいんじゃぱん 黒田晶 初出・文藝 2000年冬季号 「この国にしか起こりえない少年犯罪」を題材に、リアルで残酷な殺人描写を、グルーヴ感のあるクールな文体で押し切った問題作。応募時の原題は「YOU LOVE US」で、単行本化に際して『メイドインジャパン』と改題された。1990年代末の少年犯罪報道の記憶が生々しい時期に、暴力を内側から描く若い書き手が現… 暴力青春孤独と疎外 第37回 文藝賞
  114. 114 2000 ロマンティック ろまんてぃっく 大久秀憲 初出・すばる 2000年11月号 末弘喜久「塔」と並んで第24回すばる文学賞に選ばれた中篇。作者の大久秀憲は早稲田大学在学中の1996年に「葛西夏休み日記帳」で早稲田文学新人賞を受賞しており、本作は文芸誌の公募新人賞としては二度目の受賞となる、当時28歳の再デビュー作だった。『すばる』2000年11月号に掲載され、2001年1月に集… 恋愛孤独と疎外一人称 第24回 すばる文学賞
  115. 115 2000 生活の設計 せいかつのせっけい 佐川光晴 初出・新潮 2000年11月号 大学を出て出版社に勤めたのち、埼玉の食肉処理場で牛の解体に従事する「私」が、読者に向かって「諸君」と呼びかけながら、屠畜という労働の現場と自分の生活について語っていく自伝的小説。差別と偏見にさらされてきた仕事を、告発でも美化でもなく、ナイフ捌きの習熟といった身体的なディテールの積み重ねで描くところに… 労働身体孤独と疎外 第32回 新潮新人賞
  116. 116 2000 (世界記録) せかいきろく 横田創 初出・群像 2000年6月号 括弧でくくられた題名がすでに仕掛けになっている、劇作家出身の新人による実験的なデビュー作。世界を「写生=記録」しサンプリングするような手つきで、書くことと現実のあいだのずれを執拗に往復する。単行本には小説とあわせて戯曲二篇が収められ、演劇の言葉と小説の言葉を行き来してきた作者の出自がそのまま本の形に… 言葉と言語芸術と表現アイデンティティ 第43回 群像新人賞
  117. 117 1999 あ・だ・る・と あ・だ・る・と 高橋源一郎 単行本・主婦と生活社 AV監督「ピン」の視点から、アダルトビデオの撮影現場を克明に描きながら、「普通の人々」が「普通のAV」に出演するとはどういうことかを問い続ける小説。インドの元同僚から届いたフィルムが思索の起点となる。 身体アイデンティティ
  118. 118 1999 夏の約束 なつのやくそく 藤野千夜 初出・「群像」1999年12月号 ゲイのカップルを中心に、性転換した美容師、売れない小説家とその女友達といった「ゆるやか」な人々のある夏の日常を描いた短編。性的マイノリティを自然体で描いた1990年代末の問題作。玄月「蔭の棲みか」と同時受賞。 恋愛アイデンティティ 第122回 芥川賞
  119. 119 1999 Tiny, tiny たいにー たいにー 濱田順子 初出・「文藝」1999年 「わたし」「ぼく」「オレ」という三人の高校生のひと夏を淡々とした文体で描く。第122回芥川賞候補作。 青春乾いた 第36回 文藝賞
  120. 120 1998 二匹 にひき 鹿島田真希 初出・「文藝」1998年 堕落犬と呼ばれる高校生を主人公に学園を舞台とした小説。ジャンクな日本語とクールな思考が特徴の前衛的デビュー作。後に六〇〇〇度の愛(三島賞)、冥土めぐり(芥川賞)へ続く鹿島田真希の出発点。 青春暴力実験的文体 第35回 文藝賞
  121. 121 1997 最後の息子 さいごのむすこ 吉田修一 初出・「文學界」1997年6月号(第84回受賞) 長崎から上京した若者が、新宿の中年ゲイ男性と同居するうちに互いの孤独と依存を見つめ合う中編。吉田修一のデビュー作であり、芥川賞候補ともなった。 孤独と疎外青春 第84回 文學界新人賞
  122. 122 1997 秒速10センチの越冬 びょうそくじっせんちのえっとう 岡崎祥久 初出・「群像」1997年6月号(第40回当選) 工場労働者の日々と停滞感を、ゆっくりと流れる時間とともに描いたデビュー作。 労働乾いた
  123. 123 1997 ラジオデイズ らじおでいず 鈴木清剛 初出・「文藝」1997年 ファッション業界に身を置いた経験を持つ作者によるデビュー小説。続作「ロックンロールミシン」は三島由紀夫賞受賞・映画化された。 孤独と疎外青春一人称 第34回 文藝賞
  124. 124 1996 ラブ&ポップ ラブアンドポップ 村上龍 単行本・幻冬舎 援助交際をめぐる女子高生たちの一日を描く長編。庵野秀明により映画化。 青春東京
  125. 125 1993 19分25秒 じゅうきゅうふんにじゅうごびょう 引間徹 初出・「すばる」1993年 競歩の選手を題材にした小説。義足の競歩選手との出会いを通じて、自分の人生を問い直す青年を描く。続く「地下鉄の軍曹」で芥川賞候補となった。 障害孤独と疎外都市・郊外 第17回 すばる文学賞
  126. 126 1993 私の自叙伝前篇 わたしのじじょでん ぜんぺん 竹野雅人 初出・「群像」1993年7月号、講談社1994年刊 テレビアニメのスタッフを主人公とした自伝的色彩の強い小説。東宝でアニメ制作に携わる作家自身の経験を素材に、若者のアイデンティティと仕事への逡巡を描く。第16回野間文芸新人賞受賞。 アイデンティティ芸術と表現労働 第16回 野間新人賞
  127. 127 1992 国境の南、太陽の西 こっきょうのみなみ、たいようのにし 村上春樹 単行本・講談社 『国境の南、太陽の西』は、バーを経営する主人公・始のもとに、幼なじみの謎めいた女性・島本さんが現れる恋愛長篇です。家庭と事業を持つ中年男性の安定が、過去の記憶と喪失感によって揺さぶられます。静かな一人称の語りで、欲望、後悔、取り返しのつかない時間を描きます。 恋愛記憶東京
  128. 128 1992 鳩を食う はとをくう 中野勝 初出・「群像」1992年6月号(第35回優秀作) 『鳩を食う』は、中野勝が第35回群像新人文学賞の小説優秀作となった作品です。NDLでは『群像』1992年6月号と受賞発表記事を確認できますが、具体的なあらすじや批評は今回確認できませんでした。題名の強い身体性を手がかりに分類は暫定補完しています。 身体孤独と疎外
  129. 129 1990 ドッグ・デイズ どっぐ・でいず 藤枝和則 初出・「新潮」1990年11月号 『ドッグ・デイズ』は、『新潮』1990年11月号に掲載された藤枝和則の新潮新人賞受賞作です。NDLでは受賞作発表記事と掲載誌の書誌を確認できる一方、筋や語り口を詳述した信頼できる公開資料は今回確認できませんでした。そのため、現時点の紹介は受賞作・デビュー作としての位置づけを中心に留めます。 孤独と疎外簡潔な文体都市・郊外 第22回 新潮新人賞
  130. 130 1990 ショート・サーキット しょーと さーきっと 佐伯一麦 初出・福武書店1990年刊 『ショート・サーキット』は、電気工として働く人物の日常と内面を描く、佐伯一麦の初期連作短篇集です。肉体労働の現場、工具、疲労、生活の細部を通じて、働くことと自己を保つことの関係を見つめます。私小説的な語りのなかに、都市の労働者の孤独が乾いた手触りで残ります。 労働私小説的職場 第12回 野間新人賞
  131. 131 1989 ラッフルズホテル ラッフルズホテル 村上龍 単行本・集英社 シンガポールの名門ホテルを思わせる空間を舞台に、旅、欲望、演技する自己を描く村上龍の作品。ホテルという非日常の場所が、登場人物の孤独や消費社会の空虚さを浮かび上がらせる。都市的で乾いた感触の中に、海外への視線と身体感覚が重なる。 孤独と疎外身体
  132. 132 1988 ダンス・ダンス・ダンス だんす・だんす・だんす 村上春樹 単行本・講談社 『羊をめぐる冒険』の後日談として、「僕」が札幌のイルカホテルを再訪し、失われた女性や過去の気配を追っていく長編。現実のホテル、芸能界、ハワイ、羊男のいる異界がつながり、踊り続けることだけが世界との接続の方法として示される。1980年代の都市的な消費社会を背景に、喪失、記憶、孤独を冒険小説のリズムでた… 記憶死と喪失孤独と疎外
  133. 133 1988 村上龍料理小説集 むらかみりゅうりょうりしょうせつしゅう 村上龍 単行本・集英社 料理を軸に、欲望、記憶、身体感覚を結びつける村上龍の短篇集。食べることが単なる生活描写ではなく、性、旅、階層、感覚の鋭さを呼び出す装置として働く。村上龍の官能的な文体を、暴力よりも味覚と記憶の側から読める作品集。 身体
  134. 134 1988 トパーズ トパーズ 村上龍 単行本・角川書店 SMクラブで働く女性たちの身体、欲望、孤独を都市の夜の中に描く村上龍の作品。性の描写は刺激としてだけでなく、支配、痛み、金銭、自己感覚をめぐる問いとして機能する。乾いた文体で、バブル期都市の消費と身体の商品化を突きつける。 身体暴力
  135. 135 1987 愛と幻想のファシズム あいとげんそうのファシズム 村上龍 単行本・講談社 経済危機に揺れる日本を舞台に、狩猟者トウジがカリスマ的な政治運動を率いていく長編。金融、メディア、暴力、共同体の欲望が絡み合い、個人の野性や身体性が国家的な幻想へ接続されていく過程を描く。近未来政治小説の形を取りながら、1980年代末の消費社会と権力への不安を大きなスケールで物語化した作品。 暴力アイデンティティテクノロジー
  136. 136 1985 回転木馬のデッド・ヒート かいてんもくばのでっどひーと 村上春樹 単行本・講談社 実際に聞いた話を小説の形に組み替えた、都市生活者たちの短いスケッチ集。表題の「回転木馬」は、同じ場所を巡り続けながら誰も抜け出せない人生の比喩として働き、各篇の人物は小さな違和感や疲労を抱えたまま日常を走り続ける。事実と虚構の境界をあいまいにしながら、村上春樹の乾いた観察眼と抑制されたユーモアが前面… 孤独と疎外記憶アイデンティティ
  137. 137 1985 テニスボーイの憂鬱 テニスボーイのゆううつ 村上龍 単行本・集英社 村上龍が1985年に刊行した長編。テニスや消費文化の明るい表層を背景に、若者の空虚さ、身体感覚、欲望の行き場のなさを描く作品として読める。初期村上龍の過剰な都市感覚を、暴力だけでなく遊戯性や倦怠から見るための一冊。 青春身体孤独と疎外
  138. 138 1983 中国行きのスロウ・ボート ちゅうごくゆきのすろうぼーと 村上春樹 単行本・中央公論社 村上春樹の最初の短篇小説集で、表題作をはじめ、初期作品に特徴的な一人称の軽さ、記憶の空白、都市生活の孤独が並ぶ。長編の「僕」の世界から少し距離を取り、短篇ごとに日常の違和感、すれ違う他者、説明されない幻想を試している。淡いユーモアと乾いた喪失感が共存し、初期村上短篇の実験場として読むことができる。 記憶孤独と疎外アイデンティティ
  139. 139 1982 さようなら、ギャングたち さようならギャングたち 高橋源一郎 単行本・講談社 詩の学校で教える「僕」と、名前や物語のルールがずれていくギャングたちの世界を、断章・引用・言葉遊びで組み上げるデビュー長編。ギャングたちは犯罪集団というより、言語と記憶のなかで生成される虚構の仲間として現れ、物語は詩、ポップカルチャー、メタフィクションを軽やかに横断する。青春小説の形式を借りながら… 芸術と表現青春アイデンティティ
  140. 140 1980 1973年のピンボール せんきゅうひゃくななじゅうさんねんのぴんぼーる 村上春樹 単行本・講談社 『風の歌を聴け』に続く「鼠三部作」第二作で、翻訳事務所を営む「僕」の生活と、故郷に残る鼠の停滞が並行して語られる。「僕」はかつて通ったバーにあったピンボール台を探し、双子の女性との奇妙な同居や電話配電盤の葬送を経て、失われた時間の手触りに近づいていく。軽い会話と乾いたユーモアの背後に、青春の終わり… 記憶孤独と疎外青春
  141. 141 1979 風の歌を聴け かぜのうたをきけ 村上春樹 単行本・講談社 1970年の夏、「僕」と友人「鼠」の9日間を描いた村上春樹のデビュー作。短い章、乾いた会話、音楽や翻訳文学の気配によって、青春の終わりと喪失感が軽やかに語られる。後の「鼠三部作」へ続く、村上春樹の文体と世界観の出発点である。 青春記憶孤独と疎外 第22回 群像新人賞
  142. 142 1977 海の向こうで戦争が始まる うみのむこうでせんそうがはじまる 村上龍 単行本・講談社 村上龍が『限りなく透明に近いブルー』後に発表した初期長編。題名の通り、戦争が遠くで始まるという感覚を、若者の身体や都市的な不安と接続する。暴力、メディア、距離感のずれを通じて、初期村上龍の社会への鋭い視線を読む作品である。 戦争青春暴力
  143. 143 1976 限りなく透明に近いブルー かぎりなくとうめいにちかいブルー 村上龍 初出・群像 1976年6月号 米軍基地の街・福生のハウスを舞台に、19歳のリュウとその仲間たちの日々を描く。ドラッグとロック、黒人兵たちとの乱痴気騒ぎ、セックスと暴力に明け暮れる若者たちの退廃を、感傷を排した即物的な描写と、ガラスの破片や雨に濡れた滑走路といった鮮烈なイメージの連なりで定着させる。荒廃の只中にいながらどこか透明な… 暴力孤独と疎外 第75回 芥川賞
  144. 144 1970 化石の森 かせきのもり 石原慎太郎 単行本・新潮社 政界・財界の腐敗を描いた石原慎太郎の長編政治小説。若者の感覚を描いた初期作とは違い、権力の硬直と社会の閉塞を「化石」のイメージで捉える。篠田正浩監督による映画化もあり、政治小説としての石原を確認できる作品。 同調圧力労働アイデンティティ
  145. 145 1966 金環蝕 きんかんしょく 石川達三 単行本・新潮社 政界と財界の癒着を描いた石川達三の政治小説。ダム利権をめぐる汚職を告発的に扱い、個人の倫理よりも制度と権力の腐敗を前景化する。社会派作家としての石川の問題意識が、政治経済の構造へ向けられた作品である。 労働同調圧力貧困
  146. 146 1958 完全な遊戯 かんぜんなゆうぎ 石原慎太郎 単行本・新潮社 若者たちの倦怠と残虐な「遊び」を描いた石原慎太郎の中篇。遊戯の名の下に暴力がエスカレートしていく構図は、戦後若者文化への不安と反発を強く帯びる。太陽族文学の享楽性の裏側にある空虚さを読む作品である。 青春暴力
  147. 147 1958 死者の奢り ししゃのおごり 大江健三郎 単行本・文藝春秋新社 大学の死体処理室でアルバイトをする若者たちを描く、初期大江の代表的な短篇。死者は畏怖の対象であると同時に、運搬され、数えられ、処理される物質として現れ、生と死の境界が事務的な労働の場に引き寄せられる。若い語り手の冷えた感覚と不安を通して、戦後の身体感覚、死への距離、社会の片隅に置かれた労働の異様さが… 死と喪失身体労働
  148. 148 1957 裸の王様 はだかのおうさま 開高健 初出・「文學界」1957年12月号(第38回芥川賞受賞) 『裸の王様』は、企業の付設美術教室で働く主人公が、子どもたちの表現を管理しようとする組織と向き合う短篇です。子どもの自由な絵と大人の制度的な論理を対比させ、個人が組織に取り込まれていく過程を批評します。開高健の社会批評性と寓話性が、読みやすい構図のなかに収まった出世作です。 芸術と表現同調圧力労働 第38回 芥川賞
  149. 149 1956 処刑の部屋 しょけいのへや 石原慎太郎 単行本・新潮社 大学生の性的奔放と暴力を描いた石原慎太郎の初期代表短篇。若者の身体感覚、退屈、残酷さを挑発的に描き、「太陽族」文学の衝撃を広げる作品となった。戦後の新しい若者像を、道徳的な安定ではなく暴力と欲望の側から提示する。 青春暴力
  150. 150 1956 海人舟 かいとぶね 近藤啓太郎 初出・「文學界」1956年2月号(第35回芥川賞受賞) 『海人舟』は、千葉・鴨川の海辺を背景に、漁師たちの労働と土地に根ざした生活を描く短篇です。近藤啓太郎自身の漁業体験に近い素材を、海と身体の感覚を伴うリアリズムで扱っています。都市の内面劇とは違う、海辺の共同体と労働の重さが読みどころです。 労働身体家族 第35回 芥川賞
  151. 151 1955 太陽の季節 たいようのきせつ 石原慎太郎 初出・文學界 1955年7月号 裕福な家庭に育ち、拳闘に打ち込む高校生・津川竜哉が主人公。湘南の海やヨット、盛り場を舞台に、既成の倫理や大人の価値観を軽蔑し、喧嘩や女性関係を遊戯のように楽しむ戦後世代の若者たちの生態を描く。竜哉は英子という女性と出会い、互いに駆け引きめいた恋愛を続けるうちに、欲望と愛情の間で関係は思わぬ方向へ傾い… 青春恋愛 第34回 芥川賞
  152. 152 1954 驟雨 しゅうう 吉行淳之介 初出・「文學界」1954年2月号(第31回芥川賞受賞) 『驟雨』は、料亭の女との短い逢瀬を軸に、中年男の倦怠と孤独を描く短篇です。感情を大きく説明せず、会話や身振りの細部から男女の距離を読ませるところに特徴があります。吉行淳之介の乾いた都市的感覚が、第三の新人の作風を代表するかたちで現れています。 恋愛孤独と疎外 第31回 芥川賞
  153. 153 1954 プールサイド小景 ぷーるさいどしょうけい 庄野潤三 初出・「群像」1954年12月号(第32回芥川賞受賞) 『プールサイド小景』は、社員旅行の一日を舞台に、家庭を持つ男の欲望と罪悪感を細密に描く短篇です。劇的事件よりも視線、沈黙、気まずさの変化を追うことで、都市生活者の不安を浮かび上がらせます。庄野潤三の静かな日常描写のなかに、戦後の家庭と個人の距離感が滲む作品です。 夫婦家族恋愛 第32回 芥川賞
  154. 154 1954 アメリカン・スクール あめりかん・すくーる 小島信夫 初出・「文學界」1954年9月号(第32回芥川賞受賞、庄野潤三「プールサイド小景」と同時受賞) 『アメリカン・スクール』は、占領下日本の英語教師たちがアメリカ人学校を見学する一日を描く短篇です。英語を教えながら英語に怯える教師たちの滑稽さを通して、敗戦後の対米感情と自意識のゆがみが浮かびます。小島信夫らしいユーモアと違和感のある会話が、戦後日本の心理的占領状態を照らします。 戦争言葉と言語同調圧力 第32回 芥川賞
  155. 155 1951 かべ 安部公房 初出・「近代文学」1951年2月号(第25回芥川賞受賞) 『壁』は、ある朝突然に名前を失った男S・カルマ氏の不条理な遍歴を描く安部公房の前衛的中篇です。現実の制度や所有の感覚がずれていく過程を、寓話的で実験的な文体によって追い詰めます。戦後日本文学に不条理文学・シュールレアリスムの感覚を持ち込んだ、安部公房の出発点となる作品です。 アイデンティティ孤独と疎外言葉と言語 第25回 芥川賞
  156. 156 1951 広場の孤独 ひろばのこどく 堀田善衛 初出・「中央公論」1951年(第26回芥川賞受賞) 『広場の孤独』は、朝鮮戦争下の東京を舞台に、新聞社に勤める在日中国人の知識人が戦争と民族のあいだで引き裂かれていく姿を描く作品です。政治状況を背景にしながら、個人の倫理と所属の不安を前景化する点に読みどころがあります。戦後文学の中でも、国際政治と内面の孤独を同時に扱った作品として位置づけられます。 戦争移民と越境孤独と疎外 第26回 芥川賞
  157. 157 1951 悪い仲間・陰気な愉しみ わるいなかま・いんきなたのしみ 安岡章太郎 初出・「群像」1951年6月号(「悪い仲間」)、「群像」1953年(「陰気な愉しみ」)。第29回芥川賞はこの2篇への授賞。 『悪い仲間・陰気な愉しみ』は、病と貧しさ、青年期の停滞を背景にした安岡章太郎の初期短篇群です。結核療養や日常の挫折をめぐる内省を、過剰な劇化を避けた私小説的な語りで描きます。第三の新人と呼ばれる世代の、戦後の日常感覚と弱さへのまなざしがよく出た作品です。 青春貧困 第29回 芥川賞
  158. 158 1949 異邦人 いほうじん 辻亮一 初出・「新小説」1949年(1950年上半期 第23回芥川賞受賞) 『異邦人』は、敗戦後の中国で中国共産党軍に徴用された日本人の体験を描く短篇です。異国の軍事・政治状況に投げ込まれた人物を通して、戦後直後の日本人が抱えた疎外感と帰属の不安を切り取ります。物語の細部については公開出典が限られるため、ここでは受賞作として確認できる範囲を中心に紹介します。 戦争移民と越境孤独と疎外 第23回 芥川賞
  159. 159 1935 蒼氓 そうぼう 石川達三 初出・同人誌「星座」1935年 昭和初頭、国策としてブラジル移民に応じた人々を描く三部構成の群像劇。第一部では神戸の国立移民収容所で出港を待つ数日間が、東北の寒村から一家で海を渡ろうとする者たちを中心に描かれ、続いて移民船での45日間の航海、ブラジル到着後に過酷な労働へ踏み出す姿へと続く。貧しさゆえに故郷を棄てざるをえない名もなき… 移民と越境貧困労働 第1回 芥川賞