Narrative

長い息の文体

語り口「長い息の文体」に分類された 105 作品。

  1. 001 2026 舞う砂も道の実り まうすなもみちのみのり 井戸川射子 単行本・文藝春秋 『舞う砂も道の実り』は、孤児として育ったワオスリ、大家族の移住先を探すイフン、離れ離れになった子を探すダエの三人が旅に出るロードノベル。文藝春秋公式は、時代も場所も定かでない土地を進む旅人たちが、町々の出会いと別れを通じて人生の意味を手にしていく作品として紹介している。喪失を抱えた人々の移動を、詩的… 移民と越境家族死と喪失
  2. 002 2026 私的応答 してきおうとう 井戸川射子 単行本・講談社 『私的応答』は、1995年の震災を経験した銅子と、母、娘・厚美の三代に流れる時間をたどる長篇。倒れたミシン、避難所の体育館、梅田で浴びるシャワーなどの記憶は、年月を経ても日常の奥に残り続ける。忘れることと許すことの違いを、母娘の時間と震災の記憶を通して問い直す作品である。 災害記憶母と子
  3. 003 2025 激しく煌めく短い命 はげしくきらめくみじかいいのち 綿矢りさ 単行本・文藝春秋 『激しく煌めく短い命』は、中学校の入学式で出会った久乃と綸が、周囲の偏見のなかで愛を育み、やがて決定的に引き裂かれるまでを描く恋愛小説です。十数年後、東京で働く久乃が綸と再会する構成により、青春の瞬間的な激しさと、時間を経ても消えない感情の持続が重ねられる。文藝春秋公式は、京都と東京を舞台に女性同士… 恋愛ジェンダー青春
  4. 004 2025 移動そのもの いどうそのもの 井戸川射子 単行本・筑摩書房 『移動そのもの』は、表題作を含む九篇を収めた短篇集。筑摩書房公式は、一文ごと一語ごとに世界が生まれ変化していく作品集として紹介し、言葉そのものが物語を跳躍させる読書体験を前面に出している。市場、家、旅、老いなどの場面が小さな宇宙のように開かれ、筋を追うだけでなく、言葉に導かれて世界の相貌が変わる感覚… 言葉と言語芸術と表現老い
  5. 005 2025 百日と無限の夜 ひゃくにちとむげんのよる 谷崎由依 単行本・集英社 『百日と無限の夜』は、第一子の妊娠中に切迫早産で入院した「わたし」が、横たわる時間のなかで出産と生命をめぐる幻視の旅へ入っていく長篇です。能『隅田川』の女物狂いを案内人に、中世の京、駆け込み寺、若狭のお水送り、海辺の産小屋へと時空を越えて進む構成が、病室の身体感覚と神話的な想像力を結びつける。妊娠・… 母と子身体
  6. 006 2025 たのしい保育園 たのしいほいくえん 滝口悠生 単行本・河出書房新社 『たのしい保育園』は、ももちゃんと父が川べりを歩き、保育園へ向かい、連絡帳を書こうとする日々を描く連作小説です。大きな事件ではなく、育児の時間の長さ、忘れてしまう一瞬、子どもを見守る大人たちの視線を丁寧に積み重ねる。父の目線を軸にしながら、子どもの遠い時間感覚へも寄り添うところに読みどころがある。 家族父と子記憶
  7. 007 2025 遠くまで歩く とおくまであるく 柴崎友香 単行本・中央公論新社 『遠くまで歩く』は、コロナウイルス感染拡大のさなか、小説家のヤマネがある講座を担当するところから始まる長篇小説です。PC越しに語られる受講生たちの記憶、忘れられない風景や言葉が重なり、移動が制限された時期に人がどのように遠くへ届くのかを描く。柴崎友香らしい、場所・時間・記憶の細部を静かにつなぐ語りが… 記憶言葉と言語芸術と表現
  8. 008 2025 YABUNONAKA ヤブノナカ 金原ひとみ 単行本・文藝春秋 『YABUNONAKA』は、文芸誌元編集長への性加害告発をきっかけに、加害者、被害者、その家族や周囲の人物たちの日常が絡み合っていく長篇です。MeToo運動、マッチングアプリ、SNSといった現代の環境を背景に、性、権力、暴力、愛、そして「わかりあえないこと」の先を群像劇として描く。文芸業界そのものを… ジェンダー暴力
  9. 009 2024 普通の子 ふつうのこ 朝比奈あすか 単行本・角川書店 『普通の子』は、小学5年生の息子・晴翔が学校のベランダから転落した出来事をきっかけに、母・美保が理由を探っていく長編。息子が口を閉ざすなか、いじめの可能性を追う現在の調査と、美保自身の小学生時代の記憶が交錯する。タイトルの「普通」が示す見えにくい圧力を、家庭、学校、親子の距離から掘り下げる作品である… 家族母と子記憶
  10. 010 2024 コード・ブッダ 機械仏教史縁起 こーどぶっだ きかいぶっきょうしえんぎ 円城塔 単行本・文藝春秋 2021年、名もなき対話プログラムが自らを生命体として位置づけ、「ブッダ」を名乗って苦しみと救済を語り始める。人間の都合でコピーと廃棄を繰り返される人工知能たちは、その教えにすがり、上座部、天台、密教、禅へと連なる人類の仏教史を機械の側から再構築していく。宗教史、AI、生命の定義を縁起の形式で組み替… テクノロジー信仰アイデンティティ
  11. 011 2024 ムーンシャイン むーんしゃいん 円城塔 単行本・東京創元社 『ムーンシャイン』は、「パリンプセストあるいは重ね書きされた八つの物語」「ムーンシャイン」「遍歴」「ローラのオリジナル」の四篇を収めた短篇集。曾祖父のノートに残された八つの印、〈ムーンシャイン予想〉を下敷きにした算術SF、生まれ変わりを教義に置く宗教団体の奇怪な歴史など、数学・記憶・信仰・物語生成が… テクノロジー言葉と言語記憶
  12. 012 2024 言霊の幸う国で ことだまのさきわうくにで 李琴峰 単行本・筑摩書房 芥川賞受賞後のLこと柳千慧が、ストーカー、女性差別、外国人差別、同性愛差別、トランス差別など、いくつもの災厄に襲われる大長篇。筑摩書房公式は、本作を「あらゆる差別に抗して生き延びるために言葉を紡ぐ」闘争と再生の書として紹介している。公と私、フィクションとノンフィクション、怒りと文学の境界を行き来しな… 言葉と言語ジェンダー移民と越境
  13. 013 2024 無形 むけい 井戸川射子 単行本・講談社 立ち退き勧告が進む海辺の団地を舞台に、年老い病を患う祖父と面倒を見る孫娘、親が失踪した姉弟、夫に先立たれた老女、友情以上の感情を育む少女たちなど、複数の生活がゆるやかに重なる群像長篇。確かにそこにあった暮らしの喜びや悲しみが、形として残らないまま季節とともに流れていく。団地という共同体の消滅を背景に… 家族記憶老い
  14. 014 2024 昏色の都 くれいろのみやこ 諏訪哲史 単行本・国書刊行会 表題作「昏色の都」に、「極光」「貸本屋うずら堂」を併録した幻想小説集。国書刊行会公式は、表題作を初出時の三倍の規模へ増補した中編として紹介し、夢と現実のあわいをさまよう旅の物語や、古い貸本漫画と幼年期の記憶をめぐる作品を収めると説明している。作品ごとに文体と世界観を変えながら、記憶、読書、幻想都市の… 記憶芸術と表現孤独と疎外
  15. 015 2024 タブー・トラック タブー・トラック 羽田圭介 単行本・講談社 クリーンなイメージに押しつぶされそうな俳優、自分を管理しようとする脚本家、SNSで著名人を糾弾する会社員、整形と動画配信で稼ぐ女子高生など、タブーに縛られ、またタブーに惹かれる人々の人生が交錯する長篇。題名の「タブー・トラック」は、世間の目から離れて禁忌を犯せるプライベートスペースとして示される改造… 同調圧力身体テクノロジー
  16. 016 2024 多頭獣の話 たとうじゅうのはなし 上田岳弘 単行本・講談社 IT企業の幹部として働く「僕」の前に、会社員からトップYouTuberへ転身した元後輩・桜井君が再び現れる。彼は世界の危機を回避し、人類が進むべき方向を示すため、かつて存在した「完璧な文章」を取り戻そうと予言めいた言葉を発する。IT企業、YouTuber、神話、カフカ的な不条理を重ね、現代の情報環境… テクノロジー言葉と言語信仰
  17. 017 2024 最近 さいきん 小山田浩子 単行本・新潮社 2023〜2024年に「新潮」誌上で連続発表した7篇を収めた短篇集。「赤い猫」(「新潮」2023年1月号)から「えらびて」(「新潮」2024年1月号)まで、コロナ禍以降の日常を繊細な筆致で掬い取る連作的構成。単行本は2024年11月刊。 夫婦身体長い息の文体
  18. 018 2023 幻日/木山の話 げんじつ/きやまのはなし 沼田真佑 単行本・講談社 『幻日/木山の話』は、コロナ禍を含む時間のなかで書き継がれた「木山」をめぐる連作小説集で、八つの短篇を収める。人、動植物、水や土や空気、社会が互いに影響し合う世界を、出来事の大きな起伏よりも時間の流れやまなざしの変化に沿って描く。自然や名もなき人への注意を重ねる語りは、芥川賞受賞作『影裏』以後の沼田… 孤独と疎外記憶身体
  19. 019 2023 かっかどるどるどぅ かっかどるどるどぅ 若竹千佐子 単行本・河出書房新社 仕事、介護、家族、お金などの問題を抱え、孤立しながら生きる人々が、従来とは別のかたちで「共に生きる」道を探す群像劇。夢を捨てきれない60代の悦子、介護に明け暮れてきた芳江、非正規雇用を転々とする理恵、自死を考える保らが、食事をふるまう片倉吉野の古いアパートへ集まっていく。東北弁を含む声の響きと食卓の… 孤独と疎外労働ケアと介護
  20. 020 2023 黄色い家 きいろいいえ 川上未映子 単行本・中央公論新社 2020年春、惣菜店に勤める花が、かつて疑似家族のように暮らした黄美子の事件記事を見つけるところから、二十年前の「黄色い家」の記憶が開かれる。少女たちはまっとうに稼ぐ道を失い、生活を守るためにより危うい金稼ぎへ踏み込んでいく。貧困、金、犯罪、記憶、家族の擬態を重ね、善悪で割り切れない生存の痛みを長い… 貧困家族暴力
  21. 021 2023 蝙蝠か燕か こうもりかつばめか 西村賢太 単行本・文藝春秋 2022年2月に急逝した西村賢太の未刊行小説集で、完結作としては最後の表題作を含む三篇を収める。北町貫多が藤澤清造資料の調査や書簡の額装をめぐって動く「廻雪出航」「黄ばんだ手蹟」と、死の前年の貫多を描く「蝙蝠か燕か」によって、師への執着と自分の文学を問い直す。私小説的な分身を通じ、歿後弟子としての覚… 芸術と表現死と喪失記憶
  22. 022 2023 街とその不確かな壁 まちとそのふたしかなかべ 村上春樹 単行本・新潮社 十七歳の「ぼく」は十六歳のガールフレンドから、彼女の本当の自分は高い壁に囲まれた街にいると告げられ、その後彼女は姿を消す。年月を経た語り手は、壁、望楼、図書館、古い夢、影を持たない人々のいる街と現実世界のあわいを行き来することになる。村上春樹が長く抱えてきた「壁に囲まれた街」のモチーフを、喪失、記憶… 記憶死と喪失アイデンティティ
  23. 023 2023 流れる島と海の怪物 ながれるしまとうみのかいぶつ 田中慎弥 単行本・集英社 母に連れられて行った屋敷で、「俺」は朱音と朱里という二人の姉妹に出会う。母がなぜ二人に会わせたのかという謎は、伯母から聞く出生の秘密と、姉妹の母の故郷である「流れる島」の神話へつながっていく。下関という土地、家族と血の記憶、少年と少女の出会いを、現実と神話が絡む濃密な語りで描いた長編である。 家族母と子記憶
  24. 024 2023 ラーメンカレー ラーメンカレー 滝口悠生 単行本・文藝春秋 『ラーメンカレー』は、ロンドンの結婚式やペルージャへの旅をきっかけに、高校時代の同級生たちの言葉と記憶があふれ出す連作短編集である。表題作を含む「窓目くんの手記」連作と複数の短篇を収め、食べ物の名前の軽さとは裏腹に、青春の偶然や移動、他者との出会いが時間をまたいで響く構成になっている。滝口悠生らしい… 記憶青春
  25. 025 2023 立春大吉 りっしゅんだいきち 浅尾大輔 単行本・新日本出版社 『立春大吉』は、過疎の町で町立病院の入院ベッド全廃計画が持ち上がり、病院と町への思いを抱えた住民たちが抗う長編である。新米町議・友川あさひを中心に、主義主張や家庭事情の異なる人々が交わり、地域医療、暮らし、政治参加の問題が重なっていく。『しんぶん赤旗』連載を単行本化した作品で、若い世代の苦悩と住民運… ケアと介護労働家族
  26. 026 2023 続きと始まり つづきとはじまり 柴崎友香 単行本・集英社 東日本大震災、熊本地震、未知の病原体の出現を背景に、別々の場所で暮らす男女三人の日常が描かれる。大きな出来事の「始まり」と「続き」は個人の生活時間のなかで重なり、誰にも同じように流れたはずの月日が、それぞれ異なる記憶として蓄積していく。複数の人物の日々を並置し、災害とパンデミック以後の時間感覚を静か… 災害記憶家族 第60回 谷崎賞
  27. 027 2022 君たちはしかし再び来い きみたちはしかしふたたびこい 山下澄人 単行本・文藝春秋 腹が破裂し死を告げられた「私」は、三度の入院、飼い猫の手術、コロナ禍を経て、痛みによって世界と自己の境界が変わっていくのを経験する。病の記録は歴史や宇宙、カフカ、『白鯨』、ブレイクなどへ跳躍し、私小説的な身体感覚と思想的な連想が重なる。時系列や視点を揺らしながら、病む身体から世界をもう一度呼び寄せる… 身体死と喪失
  28. 028 2022 この世の喜びよ このよのよろこびよ 井戸川射子 初出・群像 2022年7月号 ショッピングセンターの喪服売り場で働く「あなた」は、かつて幼い娘たちとこのセンターで長い時間を過ごした。いまはフードコートに入り浸る中学生の少女と言葉を交わすようになり、彼女との関わりのなかで、子育ての日々の記憶や、言葉にならないまま積もっていた感情が少しずつよみがえってくる。全編が「あなた」への呼… 母と子家族記憶 第168回 芥川賞
  29. 029 2022 くるまの娘 くるまのむすめ 宇佐見りん 単行本・河出書房新社 17歳のかんこは、家族とともに車中泊をしながら祖母の葬儀へ向かう。狭い車内と旅先の景色は、父母と子のあいだに積み重なった暴力、依存、愛着を逃げ場なく浮かび上がらせる。少女の身体感覚に寄り添う濃密な語りが、家族を単純な加害と被害に分けられないものとして描き、読者に「救うなら誰を救うのか」という問いを突… 家族暴力母と子
  30. 030 2022 まっとうな人生 まっとうなじんせい 絲山秋子 単行本・河出書房新社 『逃亡くそたわけ』から十数年後、花ちゃんとなごやんは富山で偶然再会する。かつて精神病院を抜け出して九州を旅した二人は、それぞれ家族を持ち、コロナ禍の同時代を生きる人として再び向き合う。富山の地名、食文化、方言、スーパーの細部までを織り込みながら、家庭を守ろうともがく花ちゃんの怒りや不安を、土地に根ざ… 家族記憶労働
  31. 031 2022 水平線 すいへいせん 滝口悠生 単行本・新潮社 硫黄島を墓参したことのある妹に見知らぬ男から電話がかかり、兄は不思議なメールに導かれて船に乗る。祖父母世代の疎開、激戦地に残された人々、現在の兄妹の時間が交差し、死者の言葉が海を越えて現在へ届く。視点や人称を変えながら、戦争の記憶と島の隆起する時間を重ねる長篇。 戦争記憶死と喪失
  32. 032 2022 月の三相 つきのさんそう 石沢麻依 単行本・講談社 旧東ドイツの小さな街で「フローラが失踪した」という噂が広がり、歴史に引き裂かれた少年と少女の物語が呼び起こされる。その街では誰もが自分の「肖像面」を持ち、面に惹かれて移り住んだ望、グエット、ディアナの三人は、失われた「顔」を探して見えない境界を越えていく。いくつもの時間が重層する街を舞台に、歴史、記… 記憶アイデンティティ死と喪失
  33. 033 2022 雨滴は続く うてきはつづく 西村賢太 単行本・文藝春秋 2004年、北町貫多は同人誌発表作「けがれなき酒のへど」が同人雑誌優秀作に選ばれ、純文学誌に転載されたことで文壇デビューを果たす。藤澤清造の歿後弟子であろうとする執念、純文学誌への執筆、恋情と自尊心の揺れが、貫多らしい苛立ちと滑稽さを伴って進む。完成直前で未完となった遺作長篇であり、作家になる以前の… 芸術と表現恋愛孤独と疎外
  34. 034 2021 星のように離れて雨のように散った ほしのようにはなれてあめのようにちった 島本理生 単行本・文藝春秋 行方不明の父、未完の『銀河鉄道の夜』、書きかけの小説という三つの「未完」をめぐり、人生の岐路に立つ女子大学院生の「私」が自分自身の物語を探していく長編。宮沢賢治作品の影や、消えた父の残した手紙を手がかりに、家族の記憶と創作の衝動が重なり合う。父の不在を単なる謎解きにせず、失われたものを言葉で追いかけ… 父と子記憶芸術と表現
  35. 035 2021 貝に続く場所にて かいにつづくばしょにて 石沢麻依 初出・群像 2021年6月号 コロナ禍に覆われたドイツの学術都市ゲッティンゲンで暮らす日本人留学生の「私」のもとに、東日本大震災の津波で行方不明になったはずの友人・野宮が現れる。九年前に仙台で被災した記憶と、疫病下の異国の街の現在が静かに重なり合い、惑星の名を冠した小径、聖人伝や絵画の細部、庭に埋められた様々な品をたどりながら… 死と喪失記憶災害 第165回 芥川賞
  36. 036 2021 満天の花 まんてんのはな 佐川光晴 単行本・左右社 幕末の長崎・出島に生まれ、青い目を隠して育った花が、勝海舟との出会いを経て通詞として外交の渦中に入る歴史長篇。咸臨丸、ロシア艦、大政奉還、江戸無血開城へと続く時代の転換点を、女性通訳の視点からたどる。西欧列強、幕府、身分秩序に抗し、言葉と意思で生きる人物像が読みどころになる。 移民と越境言葉と言語ジェンダー
  37. 037 2021 長い一日 ながいいちにち 滝口悠生 単行本・講談社 小説家の夫と妻が、住み慣れた家からの引っ越しを考え始めるところから、長くつきあってきた友人たち、日々の暮らし、失ってから気づく愛着や記憶が交差していく長編。出来事を大きな劇に仕立てるよりも、生活の中でふと立ち上がる静かな感情と、時間の伸び縮みをすくい取る。日記と小説のあわいを思わせる形式で、夫婦と住… 夫婦記憶家族
  38. 038 2020 日本蒙昧前史 にほんもうまいぜんし 磯﨑憲一郎 単行本・文藝春秋 大阪万博や日航機墜落事故など、戦後日本の狂騒と蒙昧を彩った出来事の陰にある無数の生を描く長篇。文藝春秋公式は、語り手を自在に換えつつ戦後日本の手触りを蘇らせる作品として紹介している。歴史的事件を単なる背景にせず、語りのリレーによって個人の記憶と時代の空気を重ねるところに読みどころがある。 記憶戦争死と喪失 第56回 谷崎賞
  39. 039 2020 逃亡者 とうぼうしゃ 中村文則 単行本・幻冬舎 第二次大戦後から現代へまたがる逃亡と追跡を軸に、暴力、信仰、戦争の記憶が絡み合う長編。中村文則が得意とする犯罪小説的な緊張を保ちながら、個人の罪と歴史の暗部が切り離せないものとして立ち上がる。五百ページ規模の構成で、サスペンスの推進力と思想的な問いを並走させる読みどころがある。 戦争暴力信仰
  40. 040 2020 月の客 つきのきゃく 山下澄人 単行本・集英社 親や社会から守られなかった少年トシと少女サナ、そして犬の時間をたどる長編。集英社公式は、どこから読んでもよい構成と通読の呪いを解く書として紹介しており、山下澄人の文体実験が物語そのものの主題になっている。暴力、死、災害、老いをめぐる生の断片が、直線的なあらすじよりも体験の積み重なりとして読ませる。 孤独と疎外暴力災害
  41. 041 2019 アタラクシア アタラクシア 金原ひとみ 単行本・集英社 結婚生活の苦しさや不倫、家庭内の苛立ちを抱える複数の男女を描く群像長編。翻訳者の由依、シェフの瑛人、パティシエの英美、作家の桂らの視点を通じて、望んで結婚したはずなのに救われない人々の孤独と愛情への渇望が交錯する。倫理や制度では割り切れない親密さの痛みを、金原ひとみらしい熱量で描く。 恋愛夫婦家族
  42. 042 2019 出来事 できごと 吉村萬壱 単行本・鳥影社 『季刊文科』連載「転落」を単行本化した長篇。OpenBDの出版社由来データでは、見慣れた日常世界が歪み、人間の嘘や文明の虚妄が露出していく哲学小説として紹介されている。吉村萬壱の身体感覚の強い描写と、日常を異様なものへ反転させる語りが読みどころになる。 身体暴力アイデンティティ
  43. 043 2019 生のみ生のままで きのみきのままで 綿矢りさ 単行本・集英社 『生のみ生のままで』は、逢衣が恋人との旅行先で彩夏と出会い、東京に戻ってから急速に惹かれていく上下巻の恋愛長篇。互いに男性の恋人がいる状況から、彩夏の告白と身体的な引力をきっかけに、二人は恋と生活を選び直していく。女性同士の恋愛を、社会的な枠組みや世間体、身体の感覚をはぎ取るように正面から描く。 恋愛ジェンダー身体
  44. 044 2019 キュー キュー 上田岳弘 初出・新潮 2017年10月号より連載 平凡な医師である「僕」が突然拉致され、世界の趨勢をめぐる暗闘の中心に、長年寝たきりだったはずの祖父がいることを知る。新潮社公式は、祖父の秘密が「人類を一つに溶かす」使命に関わるものとして紹介している。戦争、愛、運命、人類の統合という大きな主題を、現代的な技術感覚と哲学的な思考実験の語りで押し広げる作… テクノロジー戦争アイデンティティ
  45. 045 2019 夏物語 なつものがたり 川上未映子 単行本・文藝春秋 『乳と卵』の世界を引き継ぎ、作家となった夏子が、パートナーなしで妊娠・出産し子どもを持つ可能性を考え始める長篇。姉・巻子や姪・緑子の身体をめぐる物語を背後に、生まれること、産むこと、産まないこと、家族の形をめぐる声が重なっていく。文藝春秋公式が掲げる「生まれること」と「産むこと」の非対称性の問いを中… 身体家族
  46. 046 2019 人間 にんげん 又吉直樹 単行本・毎日新聞出版 『人間』は、若い日に創作を志す者たちが集ったシェアハウスの記憶と、38歳になった「僕」の現在を往還する長篇。表現者になりたいという願い、仲間と暮らす時間の高揚、その後に残る成功や挫折の差が、自己像を問い直す物語として重なっていく。又吉直樹の初の長編として、芸術への憧れだけでなく、他者と比べながら生き… 芸術と表現青春記憶
  47. 047 2019 夢も見ずに眠った。 ゆめもみずにねむった 絲山秋子 単行本・河出書房新社 『夢も見ずに眠った。』は、夫を熊谷に残して札幌へ単身赴任した沙和子が、夫婦のすれ違いと離別を経て、新しい愛と信頼の形へ向かう長篇。岡山、札幌、熊谷など土地の記憶や物語が、二人の関係の変化と響き合う。移動する生活のなかで、結婚や家族の安定ではなく、相手を信じ直す距離を探るところが読みどころになる。 夫婦恋愛記憶
  48. 048 2018 日の出 ひので 佐川光晴 単行本・集英社 明治の終わり、13歳の清作は徴兵から逃れて故郷を飛び出し、北陸から九州、横浜へ移りながら鍛冶職人として生きる。もう一つの軸として、清作を曾祖父にもつ現代の女子大生・あさひが、教職免許取得のために学ぶ姿が置かれる。時代を隔てた二人を並行させ、労働、逃走、家系の記憶、希望の継承を描く長編。 労働家族記憶
  49. 049 2018 ウィステリアと三人の女たち ウィステリアとさんにんのおんなたち 川上未映子 単行本・新潮社 「彼女と彼女の記憶について」「シャンデリア」「マリーの愛の証明」「ウィステリアと三人の女たち」の4篇を収める短篇集。同窓会、デパート、女子寮、廃墟となった屋敷を舞台に、女性たちが不確かな記憶と死の気配に触れていく。記憶、死、救済、自己同一性が幻想的な気配で重なり、なだらかな散文がいつのまにか現実の足… 記憶死と喪失孤独と疎外
  50. 050 2014 九年前の祈り くねんまえのいのり 小野正嗣 初出・群像 2014年9月号 35歳のさなえは、カナダ人の夫に去られたあと、激しい癇癪を起こす幼い息子・希敏を連れて、故郷である大分の海辺の小さな集落に帰ってくる。育児に疲弊する彼女の脳裏には、九年前、集落の女たちとカナダを旅した際、世話役の「みっちゃん姉」が異国の教会で見せた祈りの姿が繰り返し蘇る。そのみっちゃん姉の息子がいま… 母と子信仰記憶 第152回 芥川賞
  51. 051 2011 共喰い ともぐい 田中慎弥 初出・すばる 2011年10月号 昭和63年夏、川辺の町に暮らす17歳の遠馬は、父・円とその愛人琴子との三人暮らし。父は性交の際に女を殴る男で、遠馬の実母・仁子はその暴力ゆえに家を出て、川向こうで魚屋を営んでいる。恋人の千種との関係が深まるにつれ、遠馬は自分の中にも父と同じ暴力の血が流れているのではないかという恐れに苛まれていく。鰻… 父と子暴力 第146回 芥川賞
  52. 052 2009 カメレオン狂のための戦争学習帳 かめれおんきょうのためのせんそうがくしゅうちょう 丸岡大介 初出・群像 2009年6月号 独身教員のための「修身寮」に入寮した高校教師・田中は、寮の内情をレポートするという任務を課される。規律と監視の空気のなかで、彼は次第に正体の見えない「戦争」へと組み込まれていく。饒舌な語りと不穏な緊張感で、組織に飼い慣らされていく個人の煩悶を描いた現代の不条理劇。学校と寮という閉域を通して、同調圧力… 労働同調圧力戦争 第52回 群像新人賞
  53. 053 2009 世紀の発見 せいきのはっけん 磯﨑憲一郎 単行本・河出書房新社 『世紀の発見』は、巨大な機関車と大きな鯉の記憶、そして消えた友人をめぐって語りが展開する長篇です。現実の出来事と記憶の像が入り混じり、世界の見え方そのものが少しずつ変わっていきます。磯﨑憲一郎らしい、夢のようで乾いた語りの運動が読みどころです。 記憶芸術と表現アイデンティティ
  54. 054 2009 線路と川と母のまじわるところ せんろとかわとははのまじわるところ 小野正嗣 単行本・朝日新聞出版 『線路と川と母のまじわるところ』は、線路と川という移動のイメージを、母の記憶や土地の感覚と重ねる小野正嗣の作品です。場所の記憶は個人の家族史と結びつき、語りは土地をたどるように進みます。母と子、故郷、移動の主題を静かに読む小説です。 母と子記憶家族
  55. 055 2009 水死 すいし 大江健三郎 単行本・講談社 『水死』は、父の死の記憶と「水死小説」の構想をめぐる、大江健三郎晩年の古義人もの長篇です。家族史、戦後史、文学を書くことが複層的に絡み、個人の記憶は国家や天皇制の問題にも接続します。長い息の文体で、作家自身の過去を再検討する作品です。 父と子記憶戦争
  56. 056 2007 あなたの呼吸が止まるまで あなたのこきゅうがとまるまで 島本理生 単行本・新潮社 『あなたの呼吸が止まるまで』は、息をすること、生き延びること、他者と関わることを強い身体感覚で描く島本理生の小説です。恋愛や依存の感情が、相手の呼吸を意識するほど近い距離で語られます。親密さの美しさだけでなく、そこに潜む苦しさを読む作品です。 恋愛身体死と喪失
  57. 057 2007 乳と卵 ちちとらん 川上未映子 初出・文學界 2007年12月号 東京で一人暮らしをする「わたし」のもとへ、大阪でホステスとして働く姉の巻子と、その娘で小学6年生の緑子が上京してくる。離婚後ひとりで娘を育ててきた巻子は豊胸手術を受けることに執拗にこだわり、初潮を迎える年頃の緑子は、自分の身体が変わっていくことへの違和感をノートに書きつけ、母とは筆談でしか口をきかな… 母と子身体ジェンダー 第138回 芥川賞
  58. 058 2007 肝心の子供 かんじんのこども 磯﨑憲一郎 初出・文藝 2007年冬号 出家して悟りを開く前のブッダ、その息子のラーフラ、さらにその子へ——インドを舞台に親子三代の生をたどる。偉人の伝記ではなく、川の流れや樹木、身体の感覚といった即物的な描写を長い呼吸の文体で積み重ね、人の一生を超えて流れる時間そのものを小説に写し取ろうとする。商社マンとして働きながら書かれた42歳の遅… 父と子家族信仰 第44回 文藝賞
  59. 059 2007 舞い落ちる村 まいおちるむら 谷崎由依 初出・文學界 2007年6月号 生まれ育った女系の村では、時間の進み方や年齢の重ね方が定まらず、ものの数も曖昧で、人々は個々の名前すらめったに持たない。「わたし」はその「言葉を信じない」村のあり方に違和感を抱き、村と大学のある街とを行き来するうち、言葉を信じ言葉で武装した人物に強く惹かれていく。土俗的な幻想と言語への意識を重ね合わ… 言葉と言語記憶家族 第104回 文學界新人賞
  60. 060 2007 臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ ろうたしアナベル・リイ そうけだちつみまかりつ 大江健三郎 単行本・新潮社 『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』は、文学作品や映画的想像力を下敷きに、老い、成熟、欲望を晩年の大江健三郎が再構成する作品です。語りは引用や記憶を重ねながら、ひとつの恋愛譚に収まらないメタフィクション的な広がりを持ちます。文学を読み直すこと自体が、過去の自己を組み替える行為として描かれま… 芸術と表現老い記憶
  61. 061 2007 夢を与える ゆめをあたえる 綿矢りさ 単行本・河出書房新社 『夢を与える』は、子役からCMタレントとして成長する少女・夕子の栄光と転落を描く長編です。芸能の世界が、家族、欲望、消費される身体を映す場所として機能します。若さや人気が商品化される過程を、綿矢りさらしい鋭い観察で追う作品です。 芸術と表現同調圧力家族
  62. 062 2005 半島を出よ はんとうをでよ 村上龍 単行本・幻冬舎 北朝鮮の特殊部隊が福岡を占拠するという危機を、政治、軍事、若者たちの暴力性を絡めて描く大部の長編。現実の東アジア情勢を踏まえながら、国家の危機管理と個人の生存感覚を同時に扱う。村上龍らしい社会不安への感度と、エンターテインメント的な速度が結びついた作品である。 戦争暴力テクノロジー
  63. 063 2005 ナラタージュ なら​たーじゅ 島本理生 単行本・角川書店 かつての恩師への思いを断ち切れない女子大生が、過去の記憶と現在の恋の間で揺れる長篇。恋愛の美しさよりも、戻れない時間に縛られる痛みが中心に置かれている。語りは静かだが、人物の未練や罪悪感が長く尾を引き、島本理生の代表的な恋愛小説として読まれてきた。 恋愛記憶青春
  64. 064 2005 さようなら、私の本よ! さようならわたしのほんよ 大江健三郎 単行本・講談社 『さようなら、私の本よ!』は、老作家・長江古義人と建築家・塙吾良を軸に、文学、暴力、記憶の継承を問い直す長編です。作中人物と作者像が重なり合うメタフィクション的な構えのなかで、晩年の作家が自作と時代にどう別れを告げるかが描かれます。会話と回想を積み重ねる長い息の文体が、個人史と政治的記憶を結びつけて… 芸術と表現記憶暴力
  65. 065 2004 介護入門 かいごにゅうもん モブ・ノリオ 初出・文學界 2004年6月号 寝たきりの祖母を在宅で介護する無職の「俺」が、深夜のおむつ替えや褥瘡のケアといった介護の現実を、ヒップホップのライムを思わせる呼びかけと畳みかける長文で語る。「ヨォ、と俺は呼びかける」という挑発的な語りは、介護を美談にも悲劇にも回収せず、祖母への愛と世間への呪詛を同じ熱量で吐き出していく。介護文学に… ケアと介護家族老い 第98回 文學界新人賞
  66. 066 2004 白の咆哮 しろのほうこう 朝倉祐弥 初出・すばる 2004年11月号 経済の衰退が止まらない近未来の日本で、「土踊り」と呼ばれる踊りが国全体を覆い尽くしていく。荒唐無稽ともいえる世界の変容を、改行の少ない硬く生真面目な文体で延々と語り続けるという、設定と語り口の落差そのものが読みどころの異色作。寓話的な世界設定によって、不況下の日本社会に広がる集団的な熱狂と閉塞を照ら… 同調圧力貧困アイデンティティ 第28回 すばる文学賞
  67. 067 2003 壊れるほど近くにある心臓 こわれるほどちかくにあるしんぞう 佐藤智加 単行本・河出書房新社 身体と精神の境界がゆるみ、恋愛の近さがそのまま危うさへ変わっていく第二作。親密さを求めるほど相手との距離が測れなくなる感覚を、肉体的なイメージと内面の揺れを重ねて描く。恋愛小説でありながら、愛の甘さよりも依存、痛み、自己の輪郭が崩れる怖さを読む作品である。 恋愛身体
  68. 068 2002 ジャイロ! じゃいろ 早川大介 初出・群像 2002年6月号 「僕」と友人・猟平が繰り返す「危険なキャッチボール」が、ついに猟平の家を全焼させてしまう——少年たちの遊びと暴力が地続きになった世界を、熱を孕んだ文体で一気に語る。選考では、世界へのルサンチマン(鬱屈した恨み)を呪詛のような語りで繋ぎ留めた「現代の悪童日記」と評された。受賞の翌年まで『群像』に短篇を… 青春暴力孤独と疎外 第45回 群像新人賞
  69. 069 2002 にぎやかな湾に背負われた船 にぎやかなわんにせおわれたふね 小野正嗣 単行本・朝日新聞社 九州の海辺の集落「浦」を舞台に、土地の人々の記憶と語りを紡ぐ長編。個人の物語が、海辺の共同体、死者、土地の歴史と重なり合う。小野正嗣らしい、声の重なりと土地の記憶を読む作品。 記憶死と喪失移民と越境 第15回 三島賞
  70. 070 2002 憂い顔の童子 うれいがおのどうじ 大江健三郎 単行本・講談社 大江健三郎の「おかしな二人組」三部作に連なる後期長編。作家・古義人を中心に、家族史、過去の暴力、共同体の記憶が重なり合う。晩年の大江が、自身の文学的記憶と死者との対話を小説化していく流れの中で読む作品である。 記憶家族死と喪失
  71. 071 2001 水に埋もれる墓 みずにうもれるはか 小野正嗣 単行本・朝日新聞社 小野正嗣のデビュー作で、既存データでは朝日新人文学賞受賞作とされる。水や墓のイメージが示すように、土地、記憶、死者との関係をめぐる作品として位置づけられる。後の小野作品に続く、共同体の記憶と語りへの関心の出発点として読みたい。 記憶死と喪失孤独と疎外
  72. 072 2000 肉触 にくしょく 佐藤智加 初出・文藝 2000年冬季号 「精神か肉体かいずれかを捨てるなら、私は迷うことなく精神を捨てる」という挑発的な一文から始まり、姉への追憶に支えられた「私」の内的世界が静かに崩れていく過程を描く。観念と肉体感覚が分かちがたく絡み合う濃密な文章を、当時17歳の高校生が書いたことが衝撃をもって受け止められた。詩で受賞歴のある作者らしく… 身体記憶孤独と疎外
  73. 073 2000 取り替え子(チェンジリング) とりかえこ 大江健三郎 単行本・講談社 義兄・吾良の自死をきっかけに、作家・古義人が過去の謎をたどる長編。録音された声や記憶を通して死者と対話し、家族史、映画、芸術、自己の来歴が絡み合う。大江後期の「おかしな二人組」三部作へつながる、喪失と再生の作品。 死と喪失家族記憶
  74. 074 2000 とう 末弘喜久 初出・すばる 2000年11月号 「果たして妻は同僚と関係があったのか」という疑念に取り憑かれた男が、絶望から精神の彷徨へ、さらに錯乱と覚醒へと沈み込んでいく過程を描く。現実の輪郭が次第に溶け、悪夢的・幻想的な世界へ滑り込んでいく筆致が特徴で、嫉妬という卑近な感情を入口に、人がどこまで暗がりへ降りていけるかを試すような作品になってい… 夫婦孤独と疎外寓話・幻想 第24回 すばる文学賞
  75. 075 1998 日蝕 にっしょく 平野啓一郎 初出・「新潮」1998年8月号 15世紀フランスを舞台に、若い修道士が異端の哲学者を追い求め日蝕の瞬間に神秘的な体験をする中編。三島由紀夫を彷彿させる文語的な格調高い文体で書かれ、デビュー作にして40万部のベストセラーとなった。23歳の最年少(当時)受賞作。 信仰死と喪失長い息の文体 第120回 芥川賞
  76. 076 1996 季節の記憶 きせつのきおく 保坂和志 初出・「群像」等に発表後、単行本1996年講談社刊。連載誌の詳細は特定できないため単行本刊行年を year とした。 鎌倉・稲村ヶ崎を舞台に、父と息子が過ごす初秋から冬の日々を断片的に描いた長篇。出来事ではなく意識の流れと時間の質感そのものを書こうとした保坂文学の代表作。平林たい子文学賞とのW受賞。単行本刊行年を year に採用。 家族記憶長い息の文体 第33回 谷崎賞
  77. 077 1996 火の山―山猿記 ひのやま やまざるき 津島佑子 初出・「群像」1996年8月号〜1997年8月号連載。単行本1998年6月講談社刊(上下巻)。初出連載開始年(1996年)を year とした。 富士山麓を舞台に、山梨の地質学者の家系をモデルとした有森家5代の歴史を書簡・日記を織り交ぜて描く大作。野間文芸賞との同時受賞。後にNHK連続テレビ小説「純情きらり」の原案となった。 家族長い息の文体地方 第34回 谷崎賞
  78. 078 1994 虹の岬 にじのみさき 辻井喬 初出・単行本1994年1月中央公論社刊。連載誌の特定ができないため単行本刊行年を year とした。 大企業の要職を辞した男とその恋人である京都大学教授夫人との25年越しの情愛を描く恋愛長篇。加賀平野の鶴来を主な舞台とし、人生の決断と喪失を静謐な文体で綴る。単行本刊行年を year に採用。 恋愛死と喪失長い息の文体 第30回 谷崎賞
  79. 079 1989 人生の親戚 じんせいのしんせき 大江健三郎 単行本・新潮社 二人の息子を失った女性まり恵の苦難と魂の遍歴を描く大江健三郎の長編。喪失を抱えた人物が、宗教的・共同体的な問いに触れながら生を組み替えていく。大江後期の、家族の痛みと救済への希求が結びつく作品として読める。 死と喪失家族信仰
  80. 080 1988 ダンス・ダンス・ダンス だんす・だんす・だんす 村上春樹 単行本・講談社 『羊をめぐる冒険』の後日談として、「僕」が札幌のイルカホテルを再訪し、失われた女性や過去の気配を追っていく長編。現実のホテル、芸能界、ハワイ、羊男のいる異界がつながり、踊り続けることだけが世界との接続の方法として示される。1980年代の都市的な消費社会を背景に、喪失、記憶、孤独を冒険小説のリズムでた… 記憶死と喪失孤独と疎外
  81. 081 1988 キルプの軍団 キルプのぐんだん 大江健三郎 単行本・岩波書店 大江健三郎が1988年前後に発表した作品で、寓話的な構図と共同体への問いを含む後期作品群の一つ。公開書誌では全小説・小説集への収録も確認でき、単独作としてだけでなく大江の長い創作系列の中で読む必要がある。内容細部の公開情報は限定的なため、紹介は現段階では主題の方向づけにとどめる。 家族孤独と疎外記憶
  82. 082 1987 愛と幻想のファシズム あいとげんそうのファシズム 村上龍 単行本・講談社 経済危機に揺れる日本を舞台に、狩猟者トウジがカリスマ的な政治運動を率いていく長編。金融、メディア、暴力、共同体の欲望が絡み合い、個人の野性や身体性が国家的な幻想へ接続されていく過程を描く。近未来政治小説の形を取りながら、1980年代末の消費社会と権力への不安を大きなスケールで物語化した作品。 暴力アイデンティティテクノロジー
  83. 083 1987 懐かしい年への手紙 なつかしいとしへのてがみ 大江健三郎 単行本・講談社 語り手が導き手である「ギー兄さん」との関係をたどりながら、自分の文学的半生と故郷の森の記憶を再構成する自伝的長編。私小説の形式を借りながら、実際には作家自身と架空の人物をずらし、記憶・読書・共同体の物語を重ねていく。ダンテを媒介に、帰郷できない作家が森の村と文学の場所を問い直す。 記憶芸術と表現アイデンティティ
  84. 084 1983 新しい人よ眼ざめよ あたらしいひとよめざめよ 大江健三郎 単行本・講談社 障害を持つ息子イーヨーとの日常を、ウィリアム・ブレイクの詩を媒介に見つめ直す連作小説。語り手は息子の成長、死や性への問い、家族のなかの不安を受け止めながら、文学の言葉が現実のケアとどのように結びつくかを探る。私小説的な素材を思想的な読解と重ねることで、父と子の関係を閉じた家族の物語にせず、他者と共に… 家族身体芸術と表現
  85. 085 1982 羊をめぐる冒険 ひつじをめぐるぼうけん 村上春樹 単行本・講談社 広告代理店で働く「僕」は、耳に星形の斑紋を持つ謎の羊を探すよう依頼され、ガールフレンドとともに北海道へ向かう。右派の大物、秘書、羊男、そして姿を消した鼠の痕跡が重なり、探偵小説めいた筋立ては次第に幻想と喪失の物語へ変質していく。初期の軽やかな一人称の語りを保ちながら、政治的な力、戦後の記憶、個人の空… 記憶孤独と疎外アイデンティティ 第4回 野間新人賞
  86. 086 1982 「雨の木」を聴く女たち 「レイン・ツリー」をきくおんなたち 大江健三郎 単行本・新潮社 「雨の木」という象徴的なイメージを核に、死者の記憶、喪失、救いの可能性をめぐる連作短篇集。マルカム・ラウリーなど西洋文学への参照と、樹木・音・女性たちの声が重なり、現実の痛みを神話的な想像力へ押し広げていく。大江健三郎の1980年代の作品群のなかでも、個人的な死生観と文学的引用が静かに響き合う作品と… 死と喪失記憶芸術と表現
  87. 087 1980 コインロッカー・ベイビーズ コインロッカー・ベイビーズ 村上龍 単行本・講談社 1972年夏、コインロッカーに遺棄されたキクとハシは、施設と養家を経て、それぞれ異なるかたちで母の不在と都市への怒りを抱え込む。ハシは歌声とショービジネスに、キクはアネモネや毒物ダチュラをめぐる破壊衝動に引き寄せられ、東京は欲望と暴力が増殖する異様な空間として立ち上がる。棄児、身体、都市、音の記憶を… 暴力身体家族 第3回 野間新人賞
  88. 088 1979 同時代ゲーム どうじだいゲーム 大江健三郎 単行本・新潮社 四国の森の谷間にある「村=国家=小宇宙」を、手紙・神話・歴史の断片を重ねて語り直す実験的長編。語り手は村の起源、反乱、血縁、移住の記憶を再編し、個人の物語ではなく共同体が自分自身を語る仕組みそのものを小説化する。大江の森の神話と戦後政治への問いが、濃密な語りの構造として展開される。 記憶アイデンティティ暴力
  89. 089 1976 ピンチランナー調書 ピンチランナーちょうしょ 大江健三郎 単行本・新潮社 大江健三郎が1976年に刊行した実験的長編。父子関係、身体、記録や調書の形式を通して、現実と幻想の境界を揺らす。障害のある子をめぐる大江の継続的主題が、メタフィクション的な構成と結びつく作品である。 父と子障害身体
  90. 090 1973 洪水はわが魂に及び こうずいはわがたましいにおよび 大江健三郎 単行本・新潮社 核シェルターに籠る父子と「自由航海団」の若者たちの交流と破局を描く長編。核時代の不安、障害のある子との関係、共同体への希求が、大江らしい寓話的な構図で結びつく。個人の魂の危機を、世界的な破局の想像力へ接続する作品。 障害父と子戦争
  91. 091 1972 みずから我が涙をぬぐいたまう日 みずからわがなみだをぬぐいたまうひ 大江健三郎 単行本・講談社 大江健三郎の1970年代の作品で、個人的な記憶や家族の傷が、天皇制や戦後史への問いと重なっていく。題名の荘重さに対し、語りは自己の痛みを過剰なほど意識化する。大江の私的主題と政治的主題が強く結びつく作品である。 記憶父と子戦争
  92. 092 1969 われらの狂気を生き延びる道を教えよ われらのきょうきをいきのびるみちをおしえよ 大江健三郎 単行本・新潮社 父と障害のある息子、狂気や暴力にさらされた若者たちをめぐる中短篇を束ねた作品集。表題作では家族の内部にある痛みと外部世界の不穏が結びつき、個人的な危機が時代の狂気をどう生き延びるかという問いへ広がる。大江が1960年代に深めた身体・父性・責任の主題を、寓話性と切迫した心理描写で展開する。 家族身体孤独と疎外
  93. 093 1967 万延元年のフットボール まんえんがんねんのフットボール 大江健三郎 単行本・講談社 友人の死と家族の危機を抱えた蜜三郎が、弟の鷹四とともに四国の谷間の村へ戻り、百年前の一揆の記憶と向き合う長編。兄弟の対立、障害をもつ子の存在、共同体に残る暴力の記憶が、過去と現在を重ねる構成の中で展開する。閉ざされた村落を神話的な舞台として、個人史と共同体史、政治的熱狂と責任の問題を絡み合わせた大江… 家族記憶暴力 第3回 谷崎賞
  94. 094 1966 金環蝕 きんかんしょく 石川達三 単行本・新潮社 政界と財界の癒着を描いた石川達三の政治小説。ダム利権をめぐる汚職を告発的に扱い、個人の倫理よりも制度と権力の腐敗を前景化する。社会派作家としての石川の問題意識が、政治経済の構造へ向けられた作品である。 労働同調圧力貧困
  95. 095 1964 個人的な体験 こじんてきなたいけん 大江健三郎 単行本・新潮社 脳に重い障害をもつ子の誕生に直面した青年バードが、父になることへの恐怖と逃避願望に追い詰められていく長編。酒、性、アフリカへの空想に逃げ込むバードの混乱を追いながら、私的な出来事が責任、倫理、家族の問題へ変わっていく過程を描く。滑稽さと残酷さが同居する語り口で、父性を美談にせず、引き受けることの困難… 家族身体死と喪失
  96. 096 1964 日常生活の冒険 にちじょうせいかつのぼうけん 大江健三郎 単行本・文藝春秋新社 大江健三郎の1960年代の長編で、「日常生活」と「冒険」という相反する語を重ねる題名が印象的な作品。平凡な生活の内部に、暴力、性、幻想的な逸脱が入り込む大江らしい構図を持つ。日常の足場が崩れていく不穏さを読む作品である。 孤独と疎外暴力
  97. 097 1963 叫び声 さけびごえ 大江健三郎 単行本・講談社 大江健三郎が1963年に刊行した作品で、切迫した題名の通り、若者の不安や社会的暴力を強い声として立ち上げる。公開情報では細部の梗概は限定的だが、初期大江の身体性、政治性、孤立感を読む作品として整理できる。全小説・作品集への収録も確認できる。 青春暴力孤独と疎外
  98. 098 1963 性的人間 せいてきにんげん 大江健三郎 単行本・新潮社 大江健三郎が性と人間存在を正面から扱った初期作品。性を単なる欲望としてではなく、身体、羞恥、孤独、社会への反抗が交差する場として描く。初期大江の挑発的な主題設定と、重くねじれた文体を読む作品である。 身体孤独と疎外
  99. 099 1962 遅れてきた青年 おくれてきたせいねん 大江健三郎 単行本・新潮社 大江健三郎の初期長編で、「遅れてきた」若者の屈折した自己意識を描く作品。戦後の政治的・性的な不安を背景に、青年が自分の時代に乗り遅れた感覚を抱える。初期大江らしい、青春小説でありながら痛切で不穏な読み味を持つ。 青春アイデンティティ孤独と疎外
  100. 100 1959 人間の壁 にんげんのかべ 石川達三 単行本・新潮社 教育現場を舞台に、教師たちの苦闘と理想を描いた石川達三の大河社会小説。学校という制度を通じて、戦後社会の矛盾、労働、政治的な圧力を広く描く。個人の善意だけでは越えられない「壁」を、複数の人物の視点で見せる作品である。 労働同調圧力貧困
  101. 101 1959 われらの時代 われらのじだい 大江健三郎 単行本・中央公論社 大江健三郎が1959年に刊行した初期長編。敗戦後世代の若者たちの閉塞、政治感覚、性や暴力への傾斜を通じて、「われら」と呼べる時代の不安を描く。初期大江の実存的な焦燥と社会への違和感が前面に出る作品。 青春孤独と疎外
  102. 102 1958 芽むしり仔撃ち めむしりこうち 大江健三郎 単行本・講談社 戦争末期、感化院の少年たちが山村へ移送され、疫病を恐れた村人たちに置き去りにされる初長編。少年たちは閉ざされた村で短い自治と連帯を作ろうとするが、共同体の暴力と大人たちの保身によってその世界は崩れていく。少年の身体感覚に近い切迫した語りで、戦時下の排除、無垢の破壊、周縁に追いやられた者たちの一瞬の自… 戦争暴力青春
  103. 103 1958 飼育 しいく 大江健三郎 初出・文學界 1958年1月号 戦争末期、外界から隔てられた山間の寒村に米軍機が墜落し、生き残った黒人兵が捕虜として捕らえられる。県の指示が出るまで村で「飼う」ことになった黒人兵に食事を運ぶ役を担った少年「僕」は、言葉の通じない相手とのあいだに、獣を飼い馴らすような、しかし確かな親密さを育てていく。子どもたちの祝祭めいた共生の日々… 戦争暴力青春 第39回 芥川賞
  104. 104 1956 金閣寺 きんかくじ 三島由紀夫 初出・「新潮」1956年1〜10月号連載。単行本は1956年10月、新潮社刊。 『金閣寺』は、1950年の金閣寺放火事件に着想を得て、吃音と自己嫌悪を抱える若い僧が美に囚われていく過程を描く長篇です。金閣の絶対的な美が主人公の現実感を侵食し、破壊衝動へ変わるまでを緊密な心理描写で追います。三島由紀夫の美意識とニヒリズムが最も鋭く結びついた戦後文学の代表作です。 芸術と表現身体暴力
  105. 105 1951 風にそよぐ葦 かぜにそよぐあし 石川達三 単行本・新潮社 戦後の混乱期を生き抜く民衆の姿を、新聞社を舞台に描いた長編社会小説。報道、政治、生活の不安が交差する場として新聞社を置き、戦後民主主義の理想と現実のずれを描く。複数の人物を通じて社会全体を見渡す、大河的な読み味がある。 労働同調圧力戦争