くねんまえのいのり

九年前の祈り

小野正嗣 2014 第152回 芥川賞 受賞

紹介 About

35歳のさなえは、カナダ人の夫に去られたあと、激しい癇癪を起こす幼い息子・希敏を連れて、故郷である大分の海辺の小さな集落に帰ってくる。育児に疲弊する彼女の脳裏には、九年前、集落の女たちとカナダを旅した際、世話役の「みっちゃん姉」が異国の教会で見せた祈りの姿が繰り返し蘇る。そのみっちゃん姉の息子がいま重い病で入院していると知ったさなえは、土地の言い伝えにすがるように浜で貝を集め始める。二つの時間と土地の記憶を行き来しながら、傷ついた者の再生への微かな光を描く。

評価 Reception

第152回芥川賞受賞。選考では川上弘美が「書きたいことがあり、伝えたい相手がいる」と作者の切実さを第一に推し、奥泉光は音楽性のある散文とレトリックの巧みさを、村上龍は母の愛情を愚直に描く再生の物語として評価した。山田詠美は男性人物の類型性を指摘し、宮本輝も完成度に留保を付けつつ、終盤の楽観的な光明を作者の真の持ち味と認めた。故郷・大分の浦々を舞台に書き続けてきた著者の代表作として位置づけられる。

受賞・候補歴 Awards

受賞 第152回 芥川龍之介賞 (2014年下半期)

小野正嗣のほかの収録作 More

  1. 001 2001 水に埋もれる墓 みずにうもれるはか 単行本・朝日新聞社 小野正嗣のデビュー作で、既存データでは朝日新人文学賞受賞作とされる。水や墓のイメージが示すように、土地、記憶、死者との関係をめぐる作品として位置づけられる。後の小野作品に続く、共同体の記憶と語りへの関心の出発点として読みたい。 記憶死と喪失孤独と疎外
  2. 002 2002 にぎやかな湾に背負われた船 にぎやかなわんにせおわれたふね 単行本・朝日新聞社 九州の海辺の集落「浦」を舞台に、土地の人々の記憶と語りを紡ぐ長編。個人の物語が、海辺の共同体、死者、土地の歴史と重なり合う。小野正嗣らしい、声の重なりと土地の記憶を読む作品。 記憶死と喪失移民と越境 第15回 三島賞
  3. 003 2006 森のはずれで もりのはずれで 単行本・文藝春秋 『森のはずれで』は、共同体の中心ではなく「はずれ」に立つ人物の感覚を、小野正嗣らしい静かな語りで描く作品です。森や周縁の場所は、記憶、土地、言葉の違いを考えるための舞台になります。中心から外れた場所で人がどう他者と出会うかを読む作品として位置づけられます。 移民と越境孤独と疎外記憶
  4. 004 2008 マイクロバス マイクロバス 単行本・新潮社 『マイクロバス』は、移動する小さな乗り物を通して、地方の場所や人々の距離を描く小野正嗣の作品です。バスという共有空間は、共同体に属することと、そこから外れることの両方を見せます。静かな語りのなかで、土地の記憶と孤独がゆっくり浮かび上がります。 記憶孤独と疎外移民と越境
  5. 005 2009 線路と川と母のまじわるところ せんろとかわとははのまじわるところ 単行本・朝日新聞出版 『線路と川と母のまじわるところ』は、線路と川という移動のイメージを、母の記憶や土地の感覚と重ねる小野正嗣の作品です。場所の記憶は個人の家族史と結びつき、語りは土地をたどるように進みます。母と子、故郷、移動の主題を静かに読む小説です。 母と子記憶家族
  6. 006 2010 夜よりも大きい よるよりもおおきい 単行本・リトルモア 夜よりも大きいは、小野正嗣による2010年発表の作品です。単行本はリトルモア(2010年)。
  7. 007 2013 獅子渡り鼻 ししわたりばな 単行本・講談社 親の事情で海辺の集落に預けられた少年・尊の日々を描く。芥川賞候補作。
  8. 008 2015 残された者たち のこされたものたち 単行本・集英社文庫 過疎の集落・潮の浦の分校を舞台に、代用教員アンナと生徒たちの日常をユーモラスに描く文庫オリジナル作品。
  9. 009 2015 水死人の帰還 すいしにんのきかん 単行本・文藝春秋 水死人の帰還は、小野正嗣による2015年発表の作品です。単行本は文藝春秋(2015年)。
  10. 010 2020 踏み跡にたたずんで ふみあとにたたずんで 単行本・毎日新聞出版 『踏み跡にたたずんで』は、毎日新聞大分県版連載をもとに、土地と人々の記憶をめぐる36篇を収めた掌編小説集。掩体壕、赤い波、磨崖仏、港、道の駅、診療所など、場所や物の名を起点に、戦争の痕跡、伝説、老い、自然との遭遇が短い物語として立ち上がる。現実と幻の境目をあいまいにする語りで、土地に残る見えない記憶… 記憶戦争死と喪失
  11. 011 2023 あわいに開かれて あわいにひらかれて 単行本・毎日新聞出版 『あわいに開かれて』は、小野正嗣が「記憶」をめぐって編んだ約40編の掌編小説集である。短い断章の連なりは、日常のなつかしさと不可思議さのあいだを行き来し、はっきりした筋よりも、ふと開く時間や感覚の隙間を読ませる。『踏み跡にたたずんで』に続く作品集として、小野作品の記憶への関心を、さらに小さな光景の集… 記憶言葉と言語孤独と疎外