ちちとらん
乳と卵
紹介 About
東京で一人暮らしをする「わたし」のもとへ、大阪でホステスとして働く姉の巻子と、その娘で小学6年生の緑子が上京してくる。離婚後ひとりで娘を育ててきた巻子は豊胸手術を受けることに執拗にこだわり、初潮を迎える年頃の緑子は、自分の身体が変わっていくことへの違和感をノートに書きつけ、母とは筆談でしか口をきかない。狭いアパートで過ごす3日間を通して、女として生きる身体の重さと母娘の不器用な愛情を、うねるような大阪弁の語りで描いた中編。
評価 Reception
第138回芥川賞受賞。選考委員の池澤夏樹は、声が聞こえてくるようななめらかな大阪弁まじりの抑制の効いた文体を称え、宮本輝は三人の登場人物に血肉がかよっていると評価、山田詠美は「滑稽にして哀切」と評し、黒井千次も女であることの心身の実像を描いたと推した。歌手・詩人出身という経歴も話題を呼んだ。後に本作を第一部として書き直した長編『夏物語』(2019年)は英訳版が国際的な評価を獲得し、川上が世界的に読まれる契機となった。
受賞・候補歴 Awards
川上未映子のほかの収録作 More
- 001 2007 わたくし率 イン 歯ー、または世界 わたくしりつ イン はー、またはせかい 『わたくし率 イン 歯ー、または世界』は、「わたし」は奥歯にあると考える女性の独白を、大阪弁のリズムで疾走させるデビュー作です。身体の一部に自己を置く発想が、アイデンティティと言葉の関係を奇妙に拡張します。文体の勢いそのものが主題になっている、川上未映子初期の重要作として読めます。
- 002 2009 ヘヴン ヘヴン 『ヘヴン』は、いじめを受ける「僕」と同級生コジマの連帯を通じて、暴力と倫理を問う長篇です。弱さを共有する二人の関係は救いに見えますが、暴力を意味づけて耐えることの危うさも浮かび上がります。身体の痛みと思想的な問いが同時に迫る、川上未映子の代表的長篇の一つです。
- 003 2011 すべて真夜中の恋人たち すべてまよなかのこいびとたち 孤独な校閲者・冬子と年上の物理教師・三束さんの静かな恋を描く長編。
- 004 2013 愛の夢とか あいのゆめとか 日常の中の小さな喪失と出会いを描く7篇の短篇集。谷崎潤一郎賞を受賞した。 第49回 谷崎賞
- 005 2015 あこがれ あこがれ 小学生の麦彦とヘガティーの友情と淡い憧れを描く連作長編。渡辺淳一文学賞を受賞した。
- 006 2018 ウィステリアと三人の女たち ウィステリアとさんにんのおんなたち 「彼女と彼女の記憶について」「シャンデリア」「マリーの愛の証明」「ウィステリアと三人の女たち」の4篇を収める短篇集。同窓会、デパート、女子寮、廃墟となった屋敷を舞台に、女性たちが不確かな記憶と死の気配に触れていく。記憶、死、救済、自己同一性が幻想的な気配で重なり、なだらかな散文がいつのまにか現実の足…
- 007 2019 夏物語 なつものがたり 『乳と卵』の世界を引き継ぎ、作家となった夏子が、パートナーなしで妊娠・出産し子どもを持つ可能性を考え始める長篇。姉・巻子や姪・緑子の身体をめぐる物語を背後に、生まれること、産むこと、産まないこと、家族の形をめぐる声が重なっていく。文藝春秋公式が掲げる「生まれること」と「産むこと」の非対称性の問いを中…
- 008 2022 春のこわいもの はるのこわいもの 『春のこわいもの』は、パンデミック前夜の東京を舞台に、六人の男女がそれぞれの欲望、不安、罪悪感に触れる短篇集である。ギャラ飲みに向かう女性、人生を振り返る老女、深夜の学校へ忍び込む高校生、親友を裏切りつづけた作家など、華やかさと孤独が隣り合う都市の断面が連ねられる。川上未映子の鋭い観察と身体感覚が…
- 009 2023 黄色い家 きいろいいえ 2020年春、惣菜店に勤める花が、かつて疑似家族のように暮らした黄美子の事件記事を見つけるところから、二十年前の「黄色い家」の記憶が開かれる。少女たちはまっとうに稼ぐ道を失い、生活を守るためにより危うい金稼ぎへ踏み込んでいく。貧困、金、犯罪、記憶、家族の擬態を重ね、善悪で割り切れない生存の痛みを長い…