Narrative
メタフィクション
語り口「メタフィクション」に分類された 52 作品。
- 001 2025 帰れない探偵 かえれないたんてい 『帰れない探偵』は、探偵事務所兼自宅へ突然帰れなくなった「わたし」が、世界のさまざまな街を巡る連作探偵小説です。急な坂の街、雨でも傘を差さない街、夜にならない夏の街などを歩く探偵の移動を通じて、帰る場所、知らない街と知っている街のずれ、時間と記憶の手ざわりが浮かび上がる。事件解決よりも、場所の感覚と…
- 002 2025 彼の左手は蛇 かれのひだりてはへび 『彼の左手は蛇』は、仕事を辞め、女性と別れて、蛇信仰の残る土地に来た男が「この手記」を書くところから展開する小説です。白蛇を祀る神社、毒蛇狩り、議員の死、刑事、謎めいた人物たちが絡み、蛇のイメージが信仰・恐怖・罪悪感・暴力の記憶を結びつけていく。手記形式の語りは、書くことそのものの危うさを含みながら…
- 003 2024 DJヒロヒト ディージェイヒロヒト 『DJヒロヒト』は、パラオ放送局のラジオ番組という奇想の形式を通して、昭和史・文学史・戦争の記憶を再構成する大長編です。中島敦、南方熊楠、森鴎外らの名が交差し、謎のDJの語りが歴史上の人物とフィクションの声をリミックスしていく。ラジオ、録音、放送というメディアの仕掛けを使いながら、天皇制と近代日本を…
- 004 2024 言霊の幸う国で ことだまのさきわうくにで 芥川賞受賞後のLこと柳千慧が、ストーカー、女性差別、外国人差別、同性愛差別、トランス差別など、いくつもの災厄に襲われる大長篇。筑摩書房公式は、本作を「あらゆる差別に抗して生き延びるために言葉を紡ぐ」闘争と再生の書として紹介している。公と私、フィクションとノンフィクション、怒りと文学の境界を行き来しな…
- 005 2023 FICTION フィクション 演劇する集まりを「FICTION」と名づけ、十六年続けてきた「わたし」が、仲間の死や病、自身の大病を経て回想を始める連作短篇集。収録作は「FICTION 01 象使い」から「FICTION 07 助けになる習慣」まで、演劇と小説、記憶と作り話の境界を行き来する。新潮社は芥川賞受賞作『しんせかい』に連…
- 006 2023 ハンチバック ハンチバック 重度の先天性ミオチュブラー・ミオパチーのため人工呼吸器と電動車椅子を使い、両親が遺したグループホームで暮らす井沢釈華。背骨がS字に湾曲した彼女は、通信制大学で学び、ウェブにコタツ記事や性的な小説を書き、匿名アカウントで「妊娠と中絶がしてみたい」と挑発的な呟きを放つ。その呟きを、彼女の書いたものをすべ… 第169回 芥川賞
- 007 2023 肉を脱ぐ にくをぬぐ 新人作家の柳佳夜がエゴサーチで同姓同名のVTuberを見つけ、なりすましなのか、偶然なのか、その正体を探り始める。作家名、身体、声、オンライン上の分身がずれていく設定を通して、自己像と他者から見られる像の境界が揺さぶられる。李琴峰らしいアイデンティティへの関心を、VTuberという現代的なメディア環…
- 008 2023 最愛の さいあいの 『最愛の』は、学生時代に手紙を交わした望未を忘れられない久島が、彼女の「忘れて」という願いに向き合い、自分のためだけの文章を書き始める恋愛長編である。情報や欲望を処理する現代的な主体と、手紙という遅い言葉の形式が対置され、恋愛を記憶・忘却・書くことの問題として掘り下げる。上田岳弘が繰り返し描いてきた…
- 009 2023 そこまでして覚えるようなコトバだっただろうか? そこまでしておぼえるようなことばだっただろうか 言葉、文字、発音、身体感覚をめぐる四篇を収めた短篇集。発音できない一音によって自国から疎外される「クィ」、サッカーから人類の起源へ飛躍する思考、ひらがな・カタカナ・漢字を身体で渡るような文字の冒険、子の言語習得を前に立ちつくす猫木豊が描かれる。言葉を扱うことの自由さと不自由さを、実験的な形式と切実な…
- 010 2023 うるさいこの音の全部 うるさいこのおとのぜんぶ ゲームセンターで働く長井朝陽は、「早見有日」のペンネームで書いた小説が文学賞を受賞し出版されてから、職場や友人との関係が少しずつ変化していく。兼業作家であることが知られ、執筆中の小説と現実の境目も揺らぎはじめる。作家デビューの舞台裏を題材にしながら、注目されること、働き続けること、他者の視線に晒され…
- 011 2022 カルチャーセンター かるちゃーせんたー カルチャーセンターで共に過ごしたニシハラくんの未発表小説『万華鏡』を収録し、その小説に寄せられた作家・編集者たちのコメントまでも作品の一部として組み込む小説。松波太郎がニシハラくんへ語りかける形で、書きたいという欲望、書かれたものへの責任、そして「これは小説なのか」という問いを空白ごと立ち上げていく…
- 012 2022 Schoolgirl すくーるがーる 表題作は太宰治「女生徒」を現代に移し、社会派YouTuberとして活動する14歳の娘と、小説に囚われた母のすれ違いを描く。娘の投稿が「女生徒」へ向かうことで、母娘の断絶は文学の記憶と現在のメディア環境のなかで照らし返される。第126回文學界新人賞受賞作「悪い音楽」も併録し、学校、芸術、言葉への過剰な…
- 013 2020 一人称単数 いちにんしょうたんすう 村上春樹の六年ぶりの短篇小説集で、「石のまくらに」から書き下ろしの表題作まで八篇を収める。音楽、野球、過去の記憶、奇妙な遭遇をめぐり、一人称の語りが自分自身の輪郭を少しずつずらしていく。私、僕、あなたという呼び名の揺れを通して、回想と虚構が交錯する村上春樹らしい短篇世界を読むことができる。
- 014 2020 サピエンス前戯 さぴえんすぜんぎ 『サピエンス前戯』は、表題作「サピエンス前戯」に「オナニーサンダーバード藤沢」「酷暑不刊行会」を加えた長編小説集。身長、寿命、インターネット、ポルノ文化など、21世紀の人間の能力や欲望が極点に達した世界を、人類史のまだ前戯にすぎないものとして誇張してみせる。シンギュラリティSF、下世話な身体感覚、過…
- 015 2020 MISSING 失われているもの ミッシング うしなわれているもの 『MISSING 失われているもの』は、制御しがたい抑うつや不眠を抱える小説家の「わたし」が、謎めいた女優や母の声に導かれて、混乱と不安に満ちた迷宮的な世界を彷徨う長篇。章題には成瀬巳喜男映画の題名が並び、現在と過去、現実と幻想、記憶と自己分析が重なり合う。村上龍が自らの創作の源泉や老い、母の記憶に…
- 016 2020 お面 おめん 三島由紀夫没後50年記念特集「私の『仮面の告白』」(三島由紀夫の没後に生まれた作家4名による換骨奪胎創作)の一篇として掲載された短篇。単行本未収録。
- 017 2019 人間界の諸相 にんげんかいのしょそう 連絡が取れなくなった謎めいた女性・菱野時江の消息を、二人の友人がSNSを頼りに追っていくところから始まる作品。集英社公式は「トリッキーなエンタメ風小説」と紹介しており、人物相関や断片的な情報がずれながら、正体をつかもうとする読者の視線そのものを揺さぶる。奇妙なユーモアと不穏さが混ざる、木下古栗らしい…
- 018 2019 藁の王 わらのおう 小説家として一冊だけ本を出した語り手が、巨大私立大学で創作を教えることになり、学生たちの苦悩と自身の行き詰まりに向き合う表題作を含む作品集。新潮社公式は、文学の迷宮や小説の樹海を彷徨う人々を描く作品集として紹介している。書くこと、読むこと、他者の言葉に侵されることの怖さを、静かな幻想性と記憶の反復で…
- 019 2018 今夜はひとりぼっちかい? 日本文学盛衰史 戦後文学篇 こんやはひとりぼっちかい? にほんぶんがくせいすいし せんごぶんがくへん 『日本文学盛衰史』の続編として、戦後文学そのものを小説の素材にする長編。大岡昇平や小林秀雄らを思わせる文学史上の存在が、ロック、パンク、ラップ、ブログ、Twitter、YouTubeまで巻き込みながら、読まれなくなった戦後文学を現在の言葉へ揉みほぐしていく。文学史講義、パロディ、メタフィクションが交…
- 020 2009 烏有此譚 うゆしたん 『烏有此譚』は、あるようでない物語をめぐり、注釈、引用、脱線が本文そのものを膨らませていく円城塔の実験的長篇です。物語を読むことと、物語が成立しないことが同時に進むため、読者は筋よりも言葉の運動を追うことになります。メタフィクションとしての遊びと、知的な不穏さが強い作品です。 第32回 野間新人賞
- 021 2009 JOHNNY TOO BAD 内田裕也 じょにーとぅーばっど うちだゆうや 『JOHNNY TOO BAD 内田裕也』は、小説「ゲットーミュージック」と内田裕也のロックン・トークを合わせた書籍として確認できる作品です。モブ・ノリオの小説的な語りと、ロック文化への接近が一冊の中で並置されています。純文学とサブカルチャー、発話とパフォーマンスの境界を見る資料としても読めます。
- 022 2009 水死 すいし 『水死』は、父の死の記憶と「水死小説」の構想をめぐる、大江健三郎晩年の古義人もの長篇です。家族史、戦後史、文学を書くことが複層的に絡み、個人の記憶は国家や天皇制の問題にも接続します。長い息の文体で、作家自身の過去を再検討する作品です。
- 023 2009 ロンバルディア遠景 ろんばるでぃあえんけい 『ロンバルディア遠景』は、遠景という距離の感覚を通して、記憶、場所、言葉の変形を描く諏訪哲史の作品です。現実の土地はそのまま写されるのではなく、語りの中でずれ、遠ざかり、別の像になります。『りすん』同様、言葉そのものが主題化される実験的な小説として読めます。
- 024 2008 Boy's Surface ぼーいずさーふぇす 『Boy's Surface』は、数学的・理論的な発想を小説の表面に引き出す、円城塔の実験的なSF作品です。物語は感情の自然な流れよりも、定義、証明、記号のずれによって進みます。読み手は、言葉と論理が人間の身体や関係をどこまで記述できるかを試されます。
- 025 2008 ほんたにちゃん ほんたにちゃん 『ほんたにちゃん』は、本谷有希子自身を思わせるキャラクターや語りを通して、作者像と作品の境界を遊ぶ一冊として読めます。自己紹介のようでいて、虚構化された「ほんたにちゃん」が前面に出るため、メタフィクション的な楽しさがあります。小説、演劇、エッセイ的な感覚が混じる軽やかな作品です。
- 026 2008 いつかソウル・トレインに乗る日まで いつかソウル・トレインにのるひまで 『いつかソウル・トレインに乗る日まで』は、音楽の記憶と個人史を重ねる高橋源一郎の小説です。ソウル・トレインという題名が示すように、音楽は単なる背景ではなく、語りと記憶を運ぶ乗り物になります。ポップカルチャーと私的な痛みを接続する読みどころがあります。
- 027 2008 おひるのたびにさようなら おひるのたびにさようなら 会社の昼休み、外階段で繰り広げられる主人公・真司と先輩女子社員たちの秘密の遊び。真司の役目は、近くの病院で音声を消した昼ドラを眺め、想像で補った物語を先輩に報告することだ。見ることと聞くことのずれ、語り直された物語と現実の重なりを入れ子状に組み上げ、ささやかな昼の儀式の終わりをせつなく描く。メディア… 第45回 文藝賞
- 028 2008 りすん りすん 『りすん』は、『アサッテの人』以後の諏訪哲史が、聞くこと、話すこと、言葉のずれをさらに押し広げる実験的な作品です。タイトルの響きそのものが、意味に届く前の音や聞き間違いを思わせます。言語への執着と、他者へ届かない感覚が重なった小説として読めます。
- 029 2007 アサッテの人 あさってのひと 吃音を抱えていた叔父は、いつしか「ポンパ!」などの意味を持たない言葉=アサッテの言葉を突発的に口にするようになり、やがて失踪した。「私」はその叔父をめぐる小説を書こうとするが、語りは草稿、叔父の日記、回想が混在するまま進んでいく。言葉の規範から「アサッテ」の方向へ逸脱したいという渇望を、小説の形式そ… 第50回 群像新人賞
- 030 2007 Self-Reference ENGINE せるふれふぁれんすえんじん 『Self-Reference ENGINE』は、自己言及、時間、宇宙的スケールの思考実験を断片的なエピソードとして積み上げるSF小説です。物語は線形に進むよりも、定義や論理が暴走するように展開します。理論的な遊戯と小説的な冗談が同時に走る、円城塔初期の代表的な実験作として読めます。
- 031 2007 オブ・ザ・ベースボール おぶ・ざ・べーすぼーる 年に一度くらいの割合で空から人が降ってくる町、ファウルズ。「私」はユニフォームとバットを支給されたレスキュー・チームの一員として、落ちてくる人をフルスイングで打ち返すべく日々待機している。およそ役に立たない職務をめぐる思弁が、乾いた論理の積み重ねでどこまでも転がっていく。不条理な設定を理詰めで駆動す… 第104回 文學界新人賞
- 032 2007 臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ ろうたしアナベル・リイ そうけだちつみまかりつ 『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』は、文学作品や映画的想像力を下敷きに、老い、成熟、欲望を晩年の大江健三郎が再構成する作品です。語りは引用や記憶を重ねながら、ひとつの恋愛譚に収まらないメタフィクション的な広がりを持ちます。文学を読み直すこと自体が、過去の自己を組み替える行為として描かれま…
- 033 2006 オートフィクション オートフィクション 『オートフィクション』は、作家リンの現在から過去へさかのぼる構成で、愛、嫉妬、自己像の形成をたどる長編です。自分を書くことと自分を作ることが重なり、タイトル通り「私小説」と「作り物」の境界が揺れます。時間を逆行する構成が、感情の根を探る読み方を促します。
- 034 2005 ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ 宮沢賢治の作品やイメージを、高橋源一郎流に再配置するようなタイトルをもつ作品集。古典的な作家をそのまま讃えるのではなく、引用、変奏、遊びを通じて、文学を現在の言葉で鳴らし直す。メタフィクションとリミックス感覚が結びついた、高橋作品らしい一冊である。
- 035 2005 さようなら、私の本よ! さようならわたしのほんよ 『さようなら、私の本よ!』は、老作家・長江古義人と建築家・塙吾良を軸に、文学、暴力、記憶の継承を問い直す長編です。作中人物と作者像が重なり合うメタフィクション的な構えのなかで、晩年の作家が自作と時代にどう別れを告げるかが描かれます。会話と回想を積み重ねる長い息の文体が、個人史と政治的記憶を結びつけて…
- 036 2005 性交と恋愛にまつわるいくつかの物語 せいこうとれんあいにまつわるいくつかのものがたり 『性交と恋愛にまつわるいくつかの物語』は、性と恋愛をめぐる語りを、物語そのものへの問いと重ねて扱う作品です。高橋源一郎の小説らしく、露骨な題材を単純な告白にせず、言葉が欲望をどう作り替えるかを意識させます。恋愛小説の形式をずらしながら、身体、関係、語りの自由度を探る読みどころがあります。
- 037 2003 四十日と四十夜のメルヘン よんじゅうにちとよんじゅうやのめるへん チラシ配りをして暮らす「私」が書きつける日記。しかしその日付は素直に進まず、記述は反復と書き換えを繰り返しながら円環構造を描き、日常の風景がいつのまにか変容していく。「書くこと」自体を小説の駆動装置にした構成は、選考会で保坂和志が「これはピンチョンなんだ」と断言して強く推したことで知られる。単行本化… 第35回 新潮新人賞
- 038 2002 官能小説家 かんのうしょうせつか 永井荷風と森鷗外を軸に、「官能」と文学の歴史をめぐって展開する高橋源一郎の長編。近代文学の作家を素材にしながら、性、表現、文学史をメタフィクションとして組み替える。日本文学を読むこと自体を小説の快楽へ変える作品。
- 039 2002 君が代は千代に八千代に きみがよはちよにやちよに 「君が代」という強い公共的記号を題名に据え、国家、記憶、言葉の働きを小説の場で問い直す高橋源一郎の作品。政治的な主題を直接の主張に閉じず、語りの実験や文学的なずらしによって扱う。近代日本の制度と言語をめぐるメタフィクションとして読める。
- 040 2001 ゴヂラ ゴヂラ 高橋源一郎が2001年に刊行した作品で、怪獣映画を思わせる表記を小説の入口に置く。戦後日本の記憶、メディアの記号、文学の語りを重ね、現実とフィクションの境界を揺さぶるタイプの作品として読める。内容細部は追加確認が必要だが、実験的な社会批評性を持つ作品として分類する。
- 041 2001 日本文学盛衰史 にほんぶんがくせいすいし 明治の文学者たちを現代の事物と混在させて描く、高橋源一郎の長編。日本文学史そのものを小説の材料にし、正典や文学制度をパロディと批評の対象に変える。文学をめぐる知識が物語の中で揺さぶられる、メタフィクション性の高い作品。
- 042 2000 (世界記録) せかいきろく 括弧でくくられた題名がすでに仕掛けになっている、劇作家出身の新人による実験的なデビュー作。世界を「写生=記録」しサンプリングするような手つきで、書くことと現実のあいだのずれを執拗に往復する。単行本には小説とあわせて戯曲二篇が収められ、演劇の言葉と小説の言葉を行き来してきた作者の出自がそのまま本の形に… 第43回 群像新人賞
- 043 1998 カブキの日 かぶきのひ 歌舞伎の世界を舞台にメタフィクション的なユーモアと批評性を盛り込んだ小説。「小説伝」以来の実験的な語りの手法が成熟した作品。第11回三島由紀夫賞受賞。 第11回 三島賞
- 044 1997 ゴーストバスターズ 冒険小説 ゴーストバスターズ ぼうけんしょうせつ ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドら複数の登場人物が時代・国境を越えて謎の「ゴースト」を追う、メタフィクション的構造を持つ実験的長編冒険小説。
- 045 1997 街の座標 まちのざひょう 下北沢を舞台に、文学系女子大生が「S区S街」を描いた女性作家を追いながら、書くことと読むことの関係を問うデビュー作。2001年「処方箋」で野間文芸新人賞を受賞した。 第21回 すばる文学賞
- 046 1993 ノヴァーリスの引用 のゔぁーりすのいんよう 恩師の葬儀で集まった旧大学仲間4人が、22年前に亡くなった研究仲間の死の謎を巡って推理を重ねるメタミステリー。文学・哲学的引用を多用した知的な構成が特徴。第15回野間文芸新人賞受賞(保坂和志と同時)。 第15回 野間新人賞
- 047 1990 惑星P-13の秘密 わくせいピーじゅうさんのひみつ 『惑星P-13の秘密』は、二台の壊れたロボットが読み漁る架空の書物を集めたという体裁の作品集です。音楽、スポーツ、文学などの言説を断片化し、偽書やパロディとして再構成するメタフィクションになっています。高橋源一郎らしい、世界文学を遊びながら解体するユーモアが前面に出た一冊です。
- 048 1989 ペンギン村に陽は落ちて ペンギンむらにひはおちて 高橋源一郎が1989年に刊行した、ポップカルチャーの記号と小説の語りを交差させる作品。題名からも分かるように、既存の文化記号をずらして使い、文学とメディアの境目を揺さぶる。筋よりも、引用、冗談、語りの脱線が作る運動を読む作品。
- 049 1988 優雅で感傷的な日本野球 ゆうがでかんしょうてきなにほんやきゅう 「ぼくは野球を知らなかった」――野球が忘れ去られた世界で、語り手は「日本野球」の神髄を教わろうとする。断片的な7つの章で構成され、実在の選手や球団の記憶、「1985年、阪神タイガースは本当に優勝したのだろうか」という問いをめぐって、パロディとパスティーシュ(既存作品の文体模倣)を駆使した物語が時空を… 第1回 三島賞
- 050 1985 ジョン・レノン対火星人 ジョン・レノンたいかせいじん 高橋源一郎の初期作品で、音楽、SF的な想像力、文学の制度を横断するような題名の通り、ジャンルの境界を遊びながら崩していく。物語の筋だけでなく、固有名やサブカルチャーの断片が語りを動かす点に読みどころがある。実験的な笑いと不穏さが同居する、ポストモダン文学の入口に置ける作品。
- 051 1984 虹の彼方に にじのかなたに 高橋源一郎の初期長編で、ポップカルチャーの速度と文学的な実験が混ざり合う作品。既成の小説らしさをずらしながら、語りの軽さ、引用、遊びの感覚で現代の気分を立ち上げる。筋を追うだけでなく、言葉やジャンルがほどけていく過程を読む作品として扱いたい。
- 052 1976 ピンチランナー調書 ピンチランナーちょうしょ 大江健三郎が1976年に刊行した実験的長編。父子関係、身体、記録や調書の形式を通して、現実と幻想の境界を揺らす。障害のある子をめぐる大江の継続的主題が、メタフィクション的な構成と結びつく作品である。