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父と子
主題「父と子」に分類された 22 作品。
- 001 2025 たのしい保育園 たのしいほいくえん 『たのしい保育園』は、ももちゃんと父が川べりを歩き、保育園へ向かい、連絡帳を書こうとする日々を描く連作小説です。大きな事件ではなく、育児の時間の長さ、忘れてしまう一瞬、子どもを見守る大人たちの視線を丁寧に積み重ねる。父の目線を軸にしながら、子どもの遠い時間感覚へも寄り添うところに読みどころがある。
- 002 2023 トゥデイズ とぅでいず 子育てのため郊外の大規模マンション「Rグランハイツ」に越してきた美春と恵示、五歳の息子コースケの一家を中心に、管理組合、リモートワーク、近隣住民との関わりが描かれる。大事件ではなく、住むこと、育てること、今日を続けることの小さな揺れを積み重ねる。日常の可笑しさと共同住宅の距離感を、長嶋有らしい軽やか…
- 003 2022 プリテンド・ファーザー ぷりてんど・ふぁーざー シングルファーザーとして四歳の娘を育てる恭平と、シッターとして働きながら一歳半の息子を育てる章吾が、互いの事情から四人で暮らし始める物語。高校の同級生だった二人の共同生活は、家事・育児・仕事の負担を分かち合う試みであると同時に、ケアとキャリアをめぐるひずみを可視化していく。血縁や恋愛関係だけではない…
- 004 2021 星のように離れて雨のように散った ほしのようにはなれてあめのようにちった 行方不明の父、未完の『銀河鉄道の夜』、書きかけの小説という三つの「未完」をめぐり、人生の岐路に立つ女子大学院生の「私」が自分自身の物語を探していく長編。宮沢賢治作品の影や、消えた父の残した手紙を手がかりに、家族の記憶と創作の衝動が重なり合う。父の不在を単なる謎解きにせず、失われたものを言葉で追いかけ…
- 005 2020 小鳥、来る ことり、くる 『小鳥、来る』は、夏休みの始まり、9歳の「おれ」が父を倒す日を待っているところから始まる長篇。周囲には、勉強のできる友人、万引きを繰り返す兄弟、学年一強い女子、何度も車にはねられる少年、動物園のゴリラがいて、子どもの日常が暴力とユーモアを帯びて浮かぶ。山下澄人らしい口語のリズムと飛躍する視点が、大人…
- 006 2019 父と私の桜尾通り商店街 ちちとわたしのさくらおどおりしょうてんがい 商店街でパン屋を営む父を手伝う娘を描く表題作を中心に、「白いセーター」「ルルちゃん」「ひょうたんの精」「せとのママの誕生日」「モグラハウスの扉」を収めた短篇集。家族、店、近隣関係のごく日常的な場面から、今村夏子らしい微細なずれや不穏さが立ち上がる。平明な語り口の奥で、親しさと疎外、子どもっぽさと残酷…
- 007 2019 駒音高く こまおとたかく 『駒音高く』は、将棋の勝負の世界に関わる七人の青春と人生を描く短篇集。プロを志す中学生や引退間際の棋士だけでなく、将棋会館の清掃員など周辺にいる人々にも視線を向け、勝敗の外側にある家族、仕事、誇りを浮かび上がらせる。実業之日本社公式が「青春・家族小説の名手」の温かなまなざしと紹介する通り、競技小説で…
- 008 2019 リボンの男 りぼんのおとこ 主人公の常雄は、自分を「ヒモ」ではなく「リボン」と言い換える専業主夫。三歳のタロウと野川沿いを歩く日常のなかで、家事や育児に値段をつけにくい社会、父であること、働くことの意味が静かに問い直される。山崎ナオコーラらしい平明な言葉で、家族の役割分担やジェンダー規範を大げさな対立ではなく生活の手触りから描…
- 009 2011 共喰い ともぐい 昭和63年夏、川辺の町に暮らす17歳の遠馬は、父・円とその愛人琴子との三人暮らし。父は性交の際に女を殴る男で、遠馬の実母・仁子はその暴力ゆえに家を出て、川向こうで魚屋を営んでいる。恋人の千種との関係が深まるにつれ、遠馬は自分の中にも父と同じ暴力の血が流れているのではないかという恐れに苛まれていく。鰻… 第146回 芥川賞
- 010 2009 水死 すいし 『水死』は、父の死の記憶と「水死小説」の構想をめぐる、大江健三郎晩年の古義人もの長篇です。家族史、戦後史、文学を書くことが複層的に絡み、個人の記憶は国家や天皇制の問題にも接続します。長い息の文体で、作家自身の過去を再検討する作品です。
- 011 2008 いつかソウル・トレインに乗る日まで いつかソウル・トレインにのるひまで 『いつかソウル・トレインに乗る日まで』は、音楽の記憶と個人史を重ねる高橋源一郎の小説です。ソウル・トレインという題名が示すように、音楽は単なる背景ではなく、語りと記憶を運ぶ乗り物になります。ポップカルチャーと私的な痛みを接続する読みどころがあります。
- 012 2008 神様のいない日本シリーズ かみさまのいないにほんシリーズ 『神様のいない日本シリーズ』は、「江夏の21球」で知られる1979年の日本シリーズを背景に、父と子の時間を描く中篇です。野球の記憶は、家族の記憶や時代の空気を呼び戻す装置になります。田中慎弥の乾いた語りが、父子関係の近さと断絶を浮かび上がらせます。
- 013 2007 肝心の子供 かんじんのこども 出家して悟りを開く前のブッダ、その息子のラーフラ、さらにその子へ——インドを舞台に親子三代の生をたどる。偉人の伝記ではなく、川の流れや樹木、身体の感覚といった即物的な描写を長い呼吸の文体で積み重ね、人の一生を超えて流れる時間そのものを小説に写し取ろうとする。商社マンとして働きながら書かれた42歳の遅… 第44回 文藝賞
- 014 2005 家族芝居 かぞくしばい 家族を、血縁だけでなく、互いに役を演じ合う小さな舞台として捉える佐川光晴の作品。親密であるはずの関係の中にある見栄、遠慮、傷つけ合いを、生活の目線から描く。タイトルどおり、家族の会話や振る舞いが芝居めいて見える瞬間が読みどころになる。
- 015 2003 ジャージの二人 じゃーじのふたり 仕事や家庭から少し離れた父と息子が、山の別荘で同じようなジャージを着て夏を過ごす。大きな事件の代わりに、食事、虫、テレビ、会話の間合いといった細部が積み重なり、親子でありながらどこか他人同士でもある二人の距離が浮かび上がる。長嶋有らしい、脱力したユーモアと静かな寂しさが同居する作品。
- 016 2002 飴玉が三つ あめだまがみっつ アルコール依存症者の自助グループ「断酒会」に母と通う既婚の娘が、死を前に断酒を誓った医師の父との歳月を振り返る。父から受けた一度きりの暴力すら幸福の記憶として抱え込み、会で告白する他の依存症者を見下す主人公は、自身もまた高校時代から酒に頼ってきた。父への愛と自己への愛が分かちがたく絡まり、その呪縛か… 第94回 文學界新人賞
- 017 2002 ハミザベス はみざべす 二十歳の誕生日を前に、死んだと思っていた父が本当に死んだ。まちるが遺産として受け取ったのは、高層マンションの一室とハムスターの「ハミザベス」。母と暮らした家を出て、地上33階で始まる一人と一匹の生活に、元恋人の幼なじみや父の同居人だった女性が出入りし、奇妙な距離感の友情が育っていく。喪失から始まる物… 第26回 すばる文学賞
- 018 2002 海辺のカフカ うみべのかふか 15歳の少年・田村カフカと老人ナカタの物語が並行して進む長編。家出、父と子、予言、暴力、異界的な出来事が絡み合い、現実と神話が重なる場所へ読者を導く。村上春樹の長編の中でも、寓話性と物語性が大きく広がった作品である。
- 019 1996 「アボジ」を踏む あぼじをふむ 「アボジ」(朝鮮語で「父」)という言葉を踏みにじった戦前日本の歴史を、在日コリアンの父親への眼差しを通して問い直す短篇。ベ平連設立者でもある小田実の思想的核心が凝縮されている。坂上弘「台所」との同時受賞。 第24回 川端賞
- 020 1976 ピンチランナー調書 ピンチランナーちょうしょ 大江健三郎が1976年に刊行した実験的長編。父子関係、身体、記録や調書の形式を通して、現実と幻想の境界を揺らす。障害のある子をめぐる大江の継続的主題が、メタフィクション的な構成と結びつく作品である。
- 021 1973 洪水はわが魂に及び こうずいはわがたましいにおよび 核シェルターに籠る父子と「自由航海団」の若者たちの交流と破局を描く長編。核時代の不安、障害のある子との関係、共同体への希求が、大江らしい寓話的な構図で結びつく。個人の魂の危機を、世界的な破局の想像力へ接続する作品。
- 022 1972 みずから我が涙をぬぐいたまう日 みずからわがなみだをぬぐいたまうひ 大江健三郎の1970年代の作品で、個人的な記憶や家族の傷が、天皇制や戦後史への問いと重なっていく。題名の荘重さに対し、語りは自己の痛みを過剰なほど意識化する。大江の私的主題と政治的主題が強く結びつく作品である。